生まれる 相野零次
僕が生まれることで この世界の何かが動き始めた
それが何かと問われれば例えば僕の心臓や脳といえるし
僕の母や父の喜びといえるしお医者さんたちの慌ただしさだといえる
世界には喜びと哀しみがあって僕が生まれることは喜びから始まることだとは僕にはわからない
だから僕は声を上げて泣いた思い切り泣いたこの世界を震えさせるほど泣いた
元気な泣き声は赤子にとってのかけがえのない自己主張の手段だった生きてる、僕は生きてるぞと訴えるための泣き声だった
世界はもう安心していた 僕が生まれるまでは少し不安だった
そうした世界の不安や安心が僕に伝わるにはまだしばらくの時間が必要だった
人はいつか気づく 世界と人間との切っても切れない感覚を それは誰でも持っているものでありある種の人間にとっては大事なとても大事なものだった
例えば百メートルの世界記録を出そうとしている人間には最重要情報である
自然は人間と世界を明確に結び付けていた
人間は自然の恩恵を受けずには生きていけないだろう
稲の穂が実り 鮭が生まれ故郷に戻り 鶏が卵を産むようなこと
そして世界は誰にでも平等に美しかった
太陽の光は全てのものに恵みを与え
星の光たちは全てのものを見守った
僕は今生まれた それは世界の始まりのひとつだった