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スレッドNo.6374

前奏曲  静間安夫

それにしても
このCDを、今まで何回
繰り返して聴いたことだろう

新入社員の頃に手に入れたのだから
そろそろ四十年になる
たしか、もうなくなってしまった
駅前のレコード屋さんで買ったはず…

はじめは、ジャケットに描かれた
ピアノ曲で有名な
あの作曲家の肖像に惹かれたのだが、
それだけでなく
「前奏曲集」
というタイトルが
妙に気になったことを思い出す

何のための前奏なのだろう?
もっと規模の大きい楽曲の前に
演奏した曲なのだろうか?

それとも
何か特別な機会の
幕開けで演奏された曲?

聴きはじめて
どの予想も
的外れなのがわかった…

全部で二十四の前奏曲は
どれもが短いけれど
それぞれに固有の
捨てがたい味がある

それに、何れの一曲にも
独立した風格が感じられて
前振りとか、前座とかで
演奏されるような曲とは
とても思えない

ただ、収められた幾つもの曲が
お互いに全く関係が無いかと言えば
そうとも言えない気がする

なぜなら
第一番から第二十四番まで通して聴くと
まるで一人の人間の人生が
綴られているような
感覚に囚われるから…

静穏な幸福に満たされた、
至福の時を描写する曲もあれば
時代の動乱に巻き込まれて苦悩する姿を
浮き彫りにする曲もある

青春の情熱を賛美する曲もあれば
愛の痛みを嘆く曲、哀愁に沈む曲、
そして老年の孤独を癒す曲がある

とすれば、この曲集は
作曲家がこれまでの人生を
振り返って創った、
ということになるのだろうか?

四十年来、わたしが
この「前奏曲集」を
繰り返して聴き続けてきた理由も
そこにある

そのときどきの
自分の状況や気持ちにピッタリ合った曲を
必ず見つけ出すことができたから…

きっと、それぞれの人が
自分の今を重ね合わせることができる
―そんなアルバムだと思う

ただ、こうした人生の深い真実に触れる
数々の曲を創ったとき
作曲家は未だ二十代だった、
という事実を知って驚くほかはない

そこで、また
最初の疑問に戻るのだ―
そう、「前奏曲集」というタイトルだ

後になって知ったのだが
独立した即興性の高い曲にも
前奏曲と名づける作曲家は
結構いたそうだ

だから
わたしの愛聴する
この前奏曲集も、
そちらの例に入るのかもしれない

しかし
わたしは敢えて
こう考えたい―

波乱の時代に青春を送り
人間と世界への
類まれな洞察力を養った作曲家が
自身の前半生を回顧する作品として、
また、一層の困難が待ち受けているであろう、
これからの人生に立ち向かうため
その「前奏」として作曲したのだ、と…

だから、わたしも
この曲集を決して
老境の慰めとしては聴くまい

たしかに、これまでの人生で
甘いも辛いも知り尽くしたように
勝手に思い込んでいたけれど、
それは、とんだ考え違いで
これからまた波乱万丈の展開が
待っているかもしれないのだ

まだまだ枯れてはいられない―
わたし自身の、これからの人生の
「前奏曲」として、そして
自らを鼓舞するために
このアルバムを聴くとしよう

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