2025年10月14日から10月16日までのご投稿分の感想と評です 夏生
2025年10月14日から10月16日までにいただいたご投稿分の感想と評です
「午後の光の中で」 ゆづはさん
ゆづはさん、今回もご投稿くださりありがとうございます!
僭越ながら御作「午後の光の中で」の評を送らせていただきます。
「彼女」への眼差しが深くかなしみを帯びています。
残された時間があとわずかだということを感じさせる描写から
いたましさと儚さを感じました。
「彼女」の苦しみを掬いとり、丁寧に観察する。それは悔いがないように
というより、純粋な受け身に徹しているように感じました。
主人公と「彼女」の間に午後の光がブラインドに差し込む。その光は
生者と死者を分けるような存在で「彼女」にとっての救いのように見えました。
終連に向かうと、ほの暗い展開になります。主人公は光に背を向けて「彼女」に何かをしようとしている。見舞いでもなく看病でもない何かを…。読み違いでしたらすみません。
ふっと惹きこまれました。惹きこむ力のある一篇でした。御作佳作とさせていただきます。
「おじさん」 荒木章太郎さん
荒木章太郎さん、今回もご投稿くださりありがとうございます!
僭越ながら御作「おじさん」の評を送らせていただきます。
真夜中の電車内で正義をぶちまけるおじさん。
主人公はいたたまれない気持ちになったようです。
<逃げるように隣の車両に移ると
私からも同じ匂いがした
認めたくない現実。主人公は愕然としてしまうのかと
思いきや、肩書きと資格とマイナンバーカードを隣の席に
置きます。
「おじさん」とカテゴライズされて区別されることへの
抵抗のようでもあり、自分という唯一無二の存在であること
示そうとする行為のように見えました。
最後の連でその理由がわかります。
<一括りにされないためには
群れなければ良い
おじさまにならなくても
名を名乗れば良い
大きな主語に括られる前に自分自身であれと言われているような気がしました。
読後、爽快な気分になりました。
御作佳作とさせていただきます。
「アザレアの咲く頃には」 喜太郎さん
喜太郎さん、今回もご投稿くださりありがとうございます!
僭越ながら御作「アザレアの咲く頃には」の評を送らせていただきます。
「君」を見つめる「僕」は語り合うことも、触れ合うことも
なかった。それでも「君」が鞄につけていたキーホルダーが
アザレアの花だと知れただけで二人の間に微かな繋がりを感じた。
切なさとあたたかさを感じました。一連から三連目にかけて、
初恋の喜びと切なさが広がっています。
二人はどうなるのかこちらは予想します。願いをこめながら。
時が経ち、二人は大人になってから再会します。
見た目の変化から「僕」は「君」との距離が広がったと感じます。
それでも「君」の方から駆け寄り話かけてくれるというまさかの展開。
「君」を思うあまり動けなかった「僕」を「君」は軽々と超えてあっという間に
進展します。だったらいいなぁと思っていたことがさらっと実現して。
鬱屈した思いや苦しい切なさが吹き飛んで、爽快な気持ちになりました。
御作佳作とさせていたただきます。
「苦手な人」 多年音さん
初めまして
多年音さん!(たねおさんでしょうか?違っていたらお教え願いますか)
初めての方は感想のみとさせていただきます。ご了承ください。
では、御作「苦手な人」の感想を送らせていただきます。
<蛇と蛙
そんなのよりももっと甚大な
ドラゴンと蛙
主人公が苦手とする相手は相当こわい存在のようです。
息を潜めても相手は逆鱗が多くて触れない方が至難とは。
恐ろしく厄介な相手ですね。避ければ避けるほど
逆方向の結果になるようです。こういった経験のある人
多いと思います。私もその一人です…。トラウマです。
慣れることなく糸口も見つからないという追い込まれた中、
主人公は思い切って「ドラゴン」をじっくり観察します。
視線を送らないようにしていたから気づかなかった
その「正体」いや「実体」を捉えます。
食べたり、だらしなかったりするどこにでもいる人間だと
気づきます。
<横顔は全然怖くないじゃないか
終連、言葉の最後に「な」がつづくところに
主人公の意地がみえて面白かったです。負けるな!と応援したくなりました。
苦手な人ほどよく観察する。自分の中で勝手に作り上げてしまった恐怖心を
払拭するには一番良い方法かもしれません。
魅力的な一篇でした。またのご投稿をお待ちしています。