足跡 人と庸
名前のない真夜中に
とつぜん窓の外が光った
その次に来るものを待つ
待てるほどに
わたしはこれまで天の災厄からも
人のかなしみからも遠いところにいた
その遠さを洗い流すように
こんどは激しい雨が
道は川のようになっていようか
枝わかれの先の枝わかれへと
水は無為の意志で運ばれる
これまでわたしを運んできたものは
わたしの意志にほかならないが
今このときは
その道程が洗われることを望むのだ
洗われると感じるのは
わたしが天の災厄からも
人のかなしみからも遠いところにいるからで
雨は実際には
おのれの足跡をくっきりと残す
また光った
その数秒後
天から咆哮が降ってくる
そして
天も山も街もその境界を失くし
ひとつのおおきな雨になる
街は濡れそぼち
まだ色彩のもどらない朝
雨は白い煙となり
黒い山を這い天に還る
今このときは思うのだ
わたしたちは
世界を借りて生きている
洗われたはずの道に残されているのは
雨だけではない わたしの足跡
この足跡だけは
借り物ではない わたしのものだ