MENU
1,587,613

スレッドNo.6435

喫茶店 #ノスタルジア  Ema

ガラス窓のついた
アンティークの重厚な扉

初めてそのドアベルを揺らした日から
いつしか二十年以上の月日が流れていた

小さな町に息づく
ごく普通の喫茶店

いまどきのカフェ でないのは言わずもがな
昭和にタイムスリップしたような茶店(さてん) とも違う

艶のある羊羹色の椅子とテーブル
席と席のあいだに置かれている
年季が入ったメニュースタンドは
旬をうたうことも
流行りを奏でることもない

ラテ、マキアート、季節のタルト、とか
ナポリタン、フルーツパフェ、昭和レトロな食器、とか
そういった類のものは一切なく
食事を目的に席に着いた人が
あっさり踵を返して店を出て行くような
あくまで 喫茶 がメインの喫茶店だ

春も 夏も 秋も 冬も
一年中
何ひとつ変わらないメニューで
廻り続けている

氷入りのお冷やのグラス
パイル地のおしぼり
今日は常温だが
おしぼりは夏は冷たく冬は温かい

ずっと
変わらない 

ホットコーヒーを待つあいだ
値段だけが書き替えられた
メニュースタンドをぼんやりと眺める

ふと
今となっては縁遠い存在となった
メリーゴーランドが脳裏に浮かぶ

種々様々の装具が施された
少し古びた
美しい白馬たちと
豪華な馬車が数台

仲間が増えることもなく
減ることもなく

ずっと同じ顔触れで
優雅に
廻り続けている

天幕が据えられた円筒状の空間は
天井をびっしりと覆う電飾が放つ
煌めきを纏っている

そのまわりだけ
季節が流れて 
時代が流れていった

サイフォンのほがらかな音色が響いて
その演奏を確と見届けたマスターが
フラスコから丁寧に注いでくれる

白磁のカップで揺れるコーヒー

ぽってりとしたガラスのシュガーポットには
真っ白なグラニュー糖がたっぷりと

ステンレスのピッチャーには
よく冷えたフレッシュがなみなみと

ずっと
変わらない

疫災にも 
情勢の波にも
呑まれなかった

変わらない を維持することは
決して楽な道ではなかったはずだ

この目に映らない誰かの仕事が
弛まぬ努力を重ねて
繋がり続けて

何ひとつ欠けることなく
懸命に
回り続けている

その熱さを
コーヒーを啜るこの瞬間に
享受する

香りを味わおうと無意識に目を閉じると
光の中でメリーゴーランドがまだ
廻り続けていた

きっと この先
自ら選んだ白馬に乗ることも
メリーゴーランドをこの目で眺めることも
ないのだろう

ずっと変わらなかったこの場所も
いつか 
懐かしむ日が来てしまうのだろうか

その いつか が
できるだけ 遠く 
手の届かない場所にあることを願って

一杯のコーヒーを
ゆっくりと飲み干した

編集・削除(未編集)

ロケットBBS

Page Top