缶 aristotles200
目の前に缶がある
包装はなく、中身は分からない
重さは、固形物らしい
匂いは、当然しない
軽く振ってみる
果物のような感じがする
いや、豆の缶詰かも知れない
硬い、重さもある
500gのスチール缶だろうか
ひょっとして危険物かも知れない
農薬とか
或いは毒薬、確かに迫力を感じる
そもそも、何故
書斎の机に置いてあるのか
誰が置いたのか、家人ではない
国家機密、巨大なUSBの可能性もある
何のデータだろう
不老不死の方法かも知れない
底を調べる
アルファベットでS U I K Aとある
何の略だろう
西瓜では無かろう
Super Urban Intelligent Card
まさか「Suica」、これがICカードなのか
いや、CがKだ
依然として謎は解けない
指で軽く叩く、カッカッと鳴る
これは、重量のある気体のおそれがある
フッ化タングステン(VI)(WF₆)
半導体生産で使用される、猛毒
思わず落としそうになる、危なかった
いや、そんなことはあるまい
家人に、半導体の関係者はいない
缶を耳に当ててみる
心なしか、カチカチカチ⋯
規則正しい音が聞こえる
時限爆弾がよぎる、そっと机に置く
ふっ、馬鹿らしい
一市民の書斎に、あり得ない
音は、よく聴けば卓上の時計からだ
検証を重ねるも
依然として缶の中身は判明しない
幾年月が経ち
色々と想像は広がる
宇宙船の可能性はなかろうか
いや、いっぱいの金貨かも知れない
別世界、多次元宇宙が広がっている
実は、空っぽとか
目の前に缶がある
包装はなく、中身は分からない
更に、幾年月が経つ
お通夜
死体となった私の手は、缶を握っている
お父さん、大好きな缶だったから
このまま一緒に天国に行ってもらおう
そうね
でも、これ、何の缶なの
老婦人は、息子の耳もとでそっと言う
⋯⋯
えーっ、そうだったの
そう、もう、言えなくなっちゃって
お父さん、天国で開けてびっくりするね
そうね
でも、この人、開けない気がする
ああ、そうだね
そういう人だったね