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スレッドNo.6472

11/4〜11/6 ご投稿分の感想です。 紗野玲空

お待たせいたしました。
11/4〜11/6にご投稿いただいた作品の感想・評でございます。
素敵な詩をありがとうございました。
一所懸命、拝読させていただきました。
しかしながら、作者の意図を読み取れていない部分も多々あるかと存じます。
的外れな感想を述べてしまっているかも知れませんが、詩の味わい方の一つとして、お考えいただけたら幸いです。

******* 

☆「コーヒー・タイム」 つる様

つる様、こんにちは。
御投稿ありがとうございます。

丁寧にコーヒーを淹れる様子が、まるでその場にいるかのように伝わってきます。
私も読みながら無性に飲みたくなってしまい、つい先ほど、自分でも淹れてきてしまいました。
今、コーヒーの香りに包まれてこの評を書いています。

驚くべきは、その観察の鋭さです。
薬缶をガスコンロの火にかける場面から
薬缶の金属の匂い、72秒の煮沸、1度目の蒸らし…
こうした細部に宿る真摯さが、つるさんの生真面目さ、コーヒー・タイムを丁寧に味わう姿勢そのものを浮かび上がらせています。
だからこそ、読者はただ情景を味わうだけでなく、自然とその世界に引き込まれます。共に丁寧にコーヒーを入れて、ひとときを楽しみ、豊かな気持ちで一日を始められそうなほっこりした気持ちになるのです。
繊細で忠実な情景描写はこの詩の大きな魅力であります。
しかし、全体を通し少し説明的すぎる印象が残ります。
コーヒーを入れる情景にあわせて、そのタイムを楽しむご自身の心の中の描写に重点をおいて描いていただけると、また違った趣きのある作品に仕上がるのではないかと感じました。
韻律を外した自由な行分けも、この詩の静かな呼吸に合っているとは思いますが、散文詩の形をとられるのも一案かもしれません。

おいしいコーヒーをごちそうさまでした。
佳き作品でした。
また書いてみてください。


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☆「リサイクル」 荒木章太郎さま

荒木章太郎さま、こんにちは。
御投稿ありがとうございます。

「リサイクル」という言葉を軸に、過去・現在・未来がぐるぐると循環しているのですね。
素晴らしい構成だと思います。
古い日記を古紙に出す「リサイクル」から始まって、溜め息を拾って歌にする「リサイタル」へ。そして「サバイバル」「リバイバル」へと響きが変化していく。
言葉も選び抜かれ、連の最後で踏まれる韻、カタカナの言葉に集約されていくそれぞれの行も考え抜かれたものだと思います。
リサイクル→リサイタル→フラクタル→サバイバル→リバイバル
と音を少しずつずらし、末尾の「ル」が毎回軽く跳ねるように響いて、声に出して読むと自然にリズムが生まれます。

**「現実はフラクタル」…**の連だけ少し趣きが異なりますね。
海岸線、雲の形、雪の結晶、ロマネスコ…自然界の自己相似性を並べることで、詩全体の視野や世界観が広がり、狭く捉えがちな「現実」を大きく捉える思考の新鮮さも興味深く感じました。
その後の展開も素晴らしいと思います。

最終連の締め方も「リサイクル」の意味や音が生きていると思います。

このままで十分素晴らしいです。
だからこそなのですが、2連の「過去は捨てても/時は集まる」の扱い方を更に考えていただけたらと思います。
この二行は、詩全体の一つの芯であり、強いメッセージが込めれていると思います。
連を移動させてみると思わぬ効果を生み出すことがあります。
たとえば最終連に組み込んでみると、以下のように趣きが変わります(案を推奨するのではありません)。

この先は誰かが引き継いだり
辿るから人の世は続いてきた
過去は捨てても
時は集まる
これまでもリサイクル
これからもリサイクル

寝かせて熟成さ、推敲を更に重ねたら、リサイクルに骨董の艶が宿るかと存じます。

御作、佳作とさせていただきます。
ありがとうございました。



**********

☆「秋月夜」 喜太郎さま

喜太郎さま、こんにちは。
御投稿ありがとうございます。

今回はまた、色っぽさが匂い立つような詩をありがとうございます。
男性にこんなふうに書かれてしまうと、読んでいるこちらが頬を赤らめてしまいます。

題である「秋月夜」、詩の要のモチーフである「露草」は共に秋の季語ですね。
露草の花言葉は「尊敬」「なつかしい関係」「小夜曲」などがあるようです。これらの花言葉は、澄んだ青い花の色と、一日花であるはかなさから名付けられたようで、喜太郎さんはそのことをご存じの上で、詩の中に生かされていると感じました。

白い月明かりに照らし出された青い露草、女性の赤みを帯びた肌…
静かなのに、どこか艶めかしい。
浮世絵を見ているかのような…色彩的にも美しい映像が詩から映し出されていきます。

露草に託した女性の愛念が切々と綴られ、見事に恋する女性が描かれていると思います。

レベルの高い喜太郎さんなので、少し疑問をお話しさせていただきますね。

 このまま花に抱かれたなら
 私は息さえも忘れてしまっていいのに

の連は少しばかり言葉の選択に違和感を覚えてしまいました。
一輪の露草に抱かれたなら、とは考えにくく、胸元に置きなおした露草を、むしろぎゅっと抱きしめたいと思うのではないかしら。
「息さえも忘れて……」は表現にもう一工夫したいところでしょうか。

また、大変失礼かとは思いましたが、一案として、上記の連を保留した形で、行、連の入れ替えをしてみました。
最後の3連がそれぞれに印象に残る連なので、続けてしまってはもったいなく感じた故の試みです。
(あえてまとめる書き方も勿論あり)
喜太郎さんの詩を否定するものではなく、あくまで、詩行に最大限の効果を与えるための試みととらえていただけたらと存じます。


障子を通して部屋を仄暗くする月明かり
花瓶から一輪の露草を手に取り
畳の上横になりそっと傍に置く

浴衣の裾が少しはだけて
湯上がりの赤みを帯びた足があらわになる
少し涼しいと感じる

 なんて卑しい女
 なんて素直な女

仰向けになり暗い天井を眺めて
露草を胸元に置きなおす
想いを寄せるには素敵すぎる夜だから

そっと露草に両手を寄せる
愛しくて仕方ないの
あなたが私に似ていると言った花だから

この火照りはあなたしか癒せないのに
それでもこの寂しさは心の中を愛で満たしていく
満たされないのはこの身体だけ

 秋の夜は長いのね
 秋の夜は切ないね

 逢いたい



「逢いたい」はセリフとして強烈なので最後に位置しました。(この案は女性目線かもしれません)
恋に身を焦がす女性の心情は詩に見事に表現されており、描写に一定のお力がある喜太郎さんですので、今回は行や連の入れ替えを提案させていただきました。
今後の詩作に役立てていただけたら幸いです。

御作、佳作とさせていただきます。
ありがとうございました。


**********

☆「喫茶店 #ノスタルジア」 Emaさま

Emaさま、こんにちは。
御投稿ありがとうございます。

「喫茶店」シリーズのノスタルジア編ですね。
ノスタルジアとは、過去の思い出や経験を懐かしむこと。
長く通い続けてきたごく普通の喫茶店のノスタルジックが丁寧に描かれていると思います。
その根源にあるものは、

 ずっと
 変わらない

ですね。ノスタルジーは、やがてメリーゴーランドに移ります。
四季を通じて変わらない喫茶店、変わらずに廻り続けるメリーゴーランド…。二つのモチーフの重ね方が実に美しく見事だと思いました。

 そのまわりだけ
 季節が流れて
 時代が流れていった

メリーゴーランドから喫茶店をつなぐこの詩の中盤の核心ですね。
ここからEmaさんがこの詩で一番伝えたいことであろうクライマックスにいよいよ入っていきますね。

最後は、ノスタルジーに浸り、コーヒーを飲み干す場面でそっと幕はおります。

まるでセピア色に染まるノスタルジックな映画のエンドロールを見ているようでした。
とても素敵な力作だと思います。
情景も、抒情も、隅々まで丁寧に綴られています。
ただ、丁寧すぎるがゆえに、核心が少し霞んで見えてしまっているようにも感じるのです。
物を見つめる時、対象をはっきり見ようとすればするほど、周辺は目には映っても記憶には残りにくくなるものです。
周辺のものに気を取られてしまうと、対象がはっきり見えにくくなる訳です。
Emaさんの詩も、描写が豊かすぎて、「変わらない を維持する」を描く言葉の熱量が、周辺の愛おしいディテールに少し埋もれてしまっているように感じます。
伝えたいこと、芯のある言葉を呼吸させるために、周辺を思い切って削ぎ落としていくように努めると、また違った詩の形が見えてくるかと思います。
あるいは、行分けをせずに、散文詩の形を取るのも一案かと思います。
今後の詩作の参考にしていただければ幸いです。
佳き作品でした。
また書いてみてください。
ありがとうございました。


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☆「よいわるい」 じじいじじいさま

じじいじじいさま、こんにちは。
お久しぶりです。
御投稿ありがとうございます。

善と悪というテーマを詩にするのは、とても難しいことだと思います。
それを、子どもの心の中の対話として表現されたのは、じじいじじいさんならではの発想だと感じました。
日常のささいな場面…チョコレートや信号を通して、「よいわたし」と「わるいわたし」のせめぎあいが、とても生き生きと描かれていると思います。
やりとりは、まるで心の中に小さな劇場があるようで、拝読しながら、自分の子ども時代を思い返してしまいました。
私自身は、子どものころ、悪い自分を意識したことはあまりありませんでした。
しかし、この詩を読むと、あのときの迷いのようなものが、心の中の「よいわたし」と「わるいわたし」の会話だったのかもしれません。

じじいじじいさんの詩に登場する「わたし」は、子どもでありながら、とても誠実に自分と向き合っていますね。
大人の考える道徳的な面もありますが、心の成長をあたたかく見守るまなざしも感じられました。
小さな子に読み聞かせても、やさしく心に残る詩だと思います。

御作、佳作とさせていただきます。
ありがとうございました。


**********

以上、5作品をご投稿いただき、誠にありがとうございました。
それぞれに、心を打つ素晴らしい作品でした。
拙い読みの中で、十分に汲み取れていない部分も多かったかと存じます。
もし読み違いなどございましたら、お知らせいただけましたら幸いです。

私事ではございますが、主宰しております文芸誌『夢みたものは』が、11月3日に第10号を刊行いたしました。
ここまで歩んでこられましたのも、MYDEARを通じて詩の仲間と出会えたこと、MYDEARで教えていただいた詩との向き合い方、詩の心が支えとなっているおかげだと感じております。
これからもMYDEARで学び、皆さまからご指導を仰ぎながら歩んでまいりたいと存じます。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

大分寒くなってまいりました。
どうぞお身体にお気をつけて、あたたかくお過ごしくださいませ。

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