剣豪なりけり 喜太郎
物思いがついた頃から
我が手には常に刀が握られていた気がする
日が昇り 日が沈みても
我が掌が赤く染まれども
刀を振り高みを目指し続けていた
やがて世の中では多くの戦が始まり
我は呼ばれる様に戦に身を委ねた
まるで水を得た魚の様に鬼となり
切って切って切りまくった
いくつもの首と引き換えに
食い物も金も貰えたが
胸の内が満たされることは無かった
やがて世の中から戦は消えてゆき
平安な時へと流れたが
我が名を知る者が
名をあげようと挑んで来るが
断る理由など無く
一刀両断
名は知られ続け挑むものも増えたが
一刀両断
妻も娶らず 無論子も作らず刀と共に歩む人生なり
されど胸の内は満たされぬまま刹那の人生なり
幸とは何かと問われれば
必要のない思いだと答えるだろう
多くの命を切り捨てて来た我が道のり
歳も重ねてきたが死も地獄も怖いとは思わぬ
ただ死して我が名は残るのだろうか
ただの人斬りの鬼として残るのだろうか
僅かながら願うが叶うのなら
せめて『剣豪』としてこの命の幕を閉じたいものだ
秋風がススキの穂を揺らす夕映の中
年老いた侍が刀を手に屍となっていた
鞘から僅かに抜け出た刀は錆びていた