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スレッドNo.6493

何のかけらもない街  荒木章太郎

品性のかけらもない街に生まれ
知性のかけらもない街に育った

誠実さは能力であると、
優しさは技術であると、
薙刀の祖母は教えてくれた。

生き抜くためには愛が武器になると、
花を売る君が教えてくれた。

心はあとからついてくると、
歯車を回す父は言った。

目に見えるものを疑え。
目に見えぬものを信じろ。
神経質な母はそう呟いた。

夜になれば百鬼夜行。
飲んだくれの遠吠えが響き、
撃たれた母鹿の子が哭いている。

子持ちの鹿を撃ってはいけない——
約束を守れない友達が、
それだけは知っていた。

時代が進み、
象徴的に手が震え、
抽象の中で右目を失い、
物語の中で右足を失った。

欲望に取り憑かれたあとの酬いだと、
心理学をかじった嘘つきの学生は笑う。

遺伝かもしれない、と
医者だった祖父は糖尿病の話をした。

燃えるごみと燃やせないごみの
分別すらできない街。
みんな、永遠ばかり探していた。

不老不死を求め、
さようならの仕方を知らない人々が
街を満たしていた。
血眼で何かを追い回していた。

牧師の兄は、何事もひとのせいにするな、と
教えてくれた。

だから僕は、安息日に留まることにした。
不完全であることを祝福し、
終わりあることを賛美しながら。

赤ワインとチーズのひととき、
君と別れを惜しむ幸福。

絶望の淵にも、
祈りだけは残っていた。

人間になるには
悪い街ではなかった。

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