在りし日の君の、名はテロル。 佐々木礫
「もうすぐ全部終わるから、モラトリアムなんていらないよ」
そう言った君の心臓は、モラルで首を取り合う透明な世界に、赤いインクを一滴垂らした。
呼吸の混じった石ころみたいで、こんな半端な命なら掻き消えた方が美しい。なんて、何度同じ結論に辿り着いたことか。
にじり寄る陰に怒号を打って、「まだ少し生きなきゃならないな」って、笑う君の顔が見えなかった。
もう誰も、「俺は屑だ」と卑下した時に、蒼白な顔で「そうだね」と都合よく言ってくれない。
その事実は、底なしの虚しさを俺に与えるが、君の元へ行く想像力は、うすら寒い夜にすら湧かない。
夏の日差しに記憶が死んでも、秋の紅葉思い出す。冬の風当たりが突き刺さっても、また春を待ち眠りにつく。
そうやって生きることを拒んだ君は、大人にはなれなかった。
君は渇く記憶に自分の血を与え、凍える心を自分の身体で覆い隠した。
ガラスに張る霜が浸食したような君の言葉は、俺の心を傷つけ、膿を洗い出した。
今ある尊い何もかも、流された始末に、残るは惨めで孤独な未来。その未来を生きる俺が酒と煙草で誤魔化しているそれを、君は生前、「絶望」と呼んだ。
そして、君は自分が抱いた絶望を、君もろとも捻り潰した。
その美しい去り際に、部外者の俺は途方に暮れた。
それ以上深く考えることもなく、俺は、遠くに聞こえた君の絶叫を、思春期の痛みのせいにした。
言ってはいけない「ずるい」が、喉に張り付いた。
君の絶望から逃げた先で、君が貫いた孤独と過ちに敬意を払うと共に、君の絶望が怒りへ転化し、破壊へと繋がることで君が生き延びるなら、どれだけ良かっただろうと思う。
俺は君に刻まれた傷を撫ぜては、君がその鋭利さを以て世界を癒す高名なテロリストたる世界を、思い描く。
***
テロル。この世で最も美しい孤独。
高空に聳える塔の呻きに涙を流し、
火薬の束に着火した。
在りし日の君の、名はテロル。
真理の名の下、
弾ける自尊の爆片は、
正義と乱心のcomplex。
爆炎は熱く柔らかに、
心地よい風を人々に届けた。
そして見よ!
瓦礫と化した街の中、
かつて涙したテロルの赤子を、
嘲笑っていた人々の棒立ち姿。
彼らは野山の獣たち。
人は狩りして糧とする。
増えた狼は間引きする。
その狩人の、名はテロル。
深い萬緑の山中にて、
世の破壊者を狙い撃つ。
願わくばその病根を、
悪の中枢を破壊せん。
テロルの正義は乱心にあり。
その過ちは詩的な銃弾、
その孤独こそ、至高の銃身。
在りし日の君の、名はテロル。
その欺瞞こそ、尊き慈愛。
その呵責こそ、永遠の美学。