ダ・カーポのように争いは。 トキ・ケッコウ
── 私を、◯◯さないで ──
まさかにも不穏な言葉と聞き違えたくなくて、もう一度訊き直した、彼に。
──「溶か」さないで、て、言ったのよ ──
やや離れたところから、彼女が、ひそやかに、言った。
*
‥‥ 夕暮れが迫るなか。戦争の後始末が、始まっていた。こういうことだった。
‥‥ 彼女は自らを「ガラスの妖精」と名乗った。おまけにそのことばがまだ宙に浮かんだ、ままに。彼を「太陽の化身」だと
彼女は唐突に告げたのだ。そうして。
── もう、お互いに関係を結ぶときが、来た、でしょ? ──
と、あっけに取られるばかりの彼を、彼女は誘うのだった。
‥‥ もちろんガラスの妖精を演じることにすっかり疲れ果てた彼女ではあったので、そこに一切のヌカリはなかったし。さらには。
‥‥ 彼女の声と仕草はもはや魔法のそれのようで、どこにも不自然なアヤもなければやましさのかけらさえ
彼に与えることはなかったのだった。しかもそれには。
‥‥ なんの疑問もつゆにも思わなかった彼だったし、そもそも知らされることなく勝手に太陽の化身とされたことを
気にも留めないくらいにはウブだった、彼も。
‥‥ いつの間にか、男の気持ちと呼ばれるものがカラダの内側を、ざわざわ、音立ててせり上がるのを感じはじめてはいたので。
さて。こうなって、しまえ、ば。
── どうすればいい? ──
夕闇が濃くなっているのをいいことに彼は彼女の顔に顔をおずおずと近づけては、ささやき。
── そのままで ──
太陽の化身らしいその強烈な熱をほほの辺りに感じたガラスの妖精はその声のトーンを素っ頓狂な、うわっ調子にして。
まだふたつであるところの彼と彼女が、ひとつに向かおうとするのに、よほどのことがなければさほどの時間はかからないはずなのだった。
だが、悲鳴、は、上がるのだ。‥‥ むしろそれはガラスの妖精の、罵声、だった。
── アタイをどうしたいっていうの?
── アンタなんかじゃ、アンタなんかじゃ、ない!
── ああ、ああ、ああ、血が、血が流れていく
── もうもうもう、ほんとうに、流れちゃうじゃないのよ!
── お願いだから、ヤめてよ!ほんと、もうどっかへ、さっさと消えて!
‥‥ そのとき太陽の化身は、ダラダラダラと、涙を、流しているのだった。
‥‥ それは驚きと悔しさと怒りと、それらがコンコンと混ざり合ってスゥプになったものだったのだが。
‥‥ しかし彼自身の熱がソレを、瞬時に、蒸発させた。
‥‥ また意外なことに、彼にせよ、ガラスの妖精から流れ出してきた、彼女が血だ! と叫んだ液体は。
生暖かくサラサラとして、粘度もまるで低く、血とは似ても似つかない透明な体液を、感じさせ、彼のからだにクネクネとまとわりつくのだった。‥‥ そうして。
*
夜が来ていた。‥‥ 太陽の化身だった、彼はいまや「本当の太陽」となった。ガラスの妖精といえば。‥‥ もうすっかりとその姿かたちを熱に促された挙句、溶け無くしては。
いまも、太陽を、たゆたゆ、たゆ、と、‥‥ 波の音を立てながら包む。それは ‥‥ 太陽がふたたび「彼」に戻って顔を出さないようにしているということなのだ。あるいは ‥‥ 朝の輝きとなってまた戻って来るまでの、あいだを、まるですべてを知ったところから満ちてくる微笑みでもって。
大きな水平線の向こうから、じっと ‥‥ 彼女は目を、配っては配っては、しているのだった。そうして。
*
ダ・カーポのようにまた争いは。
繰り返す、の、だ。