MENU
1,617,578

スレッドNo.6543

私は自切マーメイド  佐々木礫

わたしは楽しい自切マーメイド。
優雅に海を泳ぐマーメイド。
夫は網に捕まる間抜け──
目の前で私がサラリと避けた、その後ろで
「おっと」なんて言いながら攫われていった。
モリも刺されてた。あれは死んだね、いくらマーメイドでも。

きっと死ぬ前にいろいろ聞かれて、臆病な彼は私の住処もバラしたでしょう。
ここもすぐに払わなければ。漁師や警察が来ちゃうわね。
「君を守るよ」なんて言っていた癖に、自分が一番危なっかしくて、言ってることがコロコロ変わる、あんな夫のことだもの。
わたしより先に死んだ彼のこと、すぐに忘れて差し上げます。

私はしばし海底の洞窟へ。
とても狭い入り口で、私のように細身でようやく通れる場所ですの。
奥には部屋がありますから、少しだけゆっくり休憩しましょう。

──私は、あなたに話しかけているのではありません。
お腹の子に言っているのです。

ねえ赤ちゃん。
生まれ変わったら、何になりたい?

私はね、人間になって、海をいっぱい汚したいわね。
思う存分。
ゴミの入った袋をどれだけ沖に飛ばせるかゲーム、一番面白そうだった。
糞尿の匂いがする東京湾の淵で立ちションなんてしてみたり。
何だかとてもスリルで面白そうではありませんか。

私はいつも傷つくと自分を一つ傷つけます。
今日は夫を失いました。ノッポとはいえ、五年付き添った仲です。
私は尾鰭を切りましょう。
知らなかった?人間のものだけど、海でも使えるハサミってあるものよ。
尾鰭の全部は泳げなくなってまずいから、端っこだけ、左と右で数回ずつ、バランスよくアーチ型になるように。
自分のヒレを切るのは最初は抵抗があったけれど、別に不思議なことはなく、私たちの習性なのだと母に聞かされて納得して受け入れました。

子供達、あなたたちは自切マーメイドの子供ではありません。
人間として生まれ変わるのです。そして、ここにいてはできない、
未知の楽しいことを体験しなさい。ゲームというのがあるそうじゃない。
あれ、母さんもやってみたいから、今度街に出てかすめてみようかしら。
冗談よ。きちんとお金は払います。
だって、私たちを見たお爺さんやおばあさんがお金を投げて入れてくれるから、
もう結構たまっているのよ。
1000円もあれば、ご馳走を食べて、ゲームをやって、ちょっといい宿に泊まって帰って来られるでしょう。
私はもう何十年も街へ出ていないから、教えられることなんて何もないけれど、この子はここで退屈な思いをしないかしら。
私は別に海が嫌いなのではないし、陸に住みたいとも思わない。
一日中遊んで歌ってスルスルと泳ぐだけの幸せな日常を送れているわ。
それに、この子を陸で産めば、私にも良いことがありそうじゃない?
この子が陸で育てば、陸の楽しみを私にたくさん持ってきてくれるでしょう?
私は海の遊び方を教える代わりに、地上の嗜みを少しばかり恵んでもらえれば、本当に充実した生活になると思うの。

あら、陣痛が始まりましたわ。
こんな狭いところでは小魚と間違えて食べられてしまいますから、
岩陰か、イソギンチャク、やはり地上ですね。
あなたは陸の草むらで生むことにします。
狭い岩場を抜けて、ヨイショ、陸に上がりましたよ。
足がこのままでは移動しづらいので二つに分かれます。
これは幼い頃に切っておくと、大きくなっても二つに分かれて、
でも鰭はそのまま伸びて、とても便利です。
少し歩きづらいけれど、一本足よりずっといい。
海から持ってきた大きなワカメを敷いて、その上にしゃがんでこの子が出てくるのを待ちましたところ、少しの間を置いてするりと出てきました。
鳴き声なんてあげない、静かな子です。
弱いのか強いのか、全くわかりませんね。
大きな葉っぱを近くから数枚持ってきて、この子に掛けてやりました。
暖かそうではないですが、ささやかな海の住人の印といったところです。
人がいない時間、夜を選びましたが、鳥は鳴いていますね。
物好きな鳥がこの子を取りに来るかもしれませんから、民家に伺いましょう。
私のよく知るおじいさんが住んでいるところです。いつもお金を海に投げます。
コンコン、とそこにワカメと大きめの葉っぱで包んだ我が子を扉の前に置いて、私はそっくら海へ逃げ帰りました。
見つかると大きなことになってしまいますから。

古くから伝わる人魚の呪い、これは人魚のヒレと言葉に呪いが籠るというものです。
私から生まれた子は人間でしたが、あれに人魚のヒレを食べさせ母乳を与えて、普通に話しかけているうちに人魚として育つのです。
私も、お母さんのヒレは乾燥させて香ばしいパリパリしたのをよく食べました。おしゃべりなお母さんでしたけど、
夫と会うより前に沖に出たきり帰って来ないで、もう知らないわ。母乳の味は覚えて無い。

さ、私は海へ帰りましょ。
切ったヒレを塩水に馴染ませなければ。
明日は少し離れた島で友人がヤシの実を振舞ってくれるそうですから。
ヤシの実とは言ってもね、南国まで行けるわけでもないから、
近所の釣りに来た人が忘れていったレアものだって、言っていたわ。
レアもの、なんて言葉普段使わないけれど、何だかワクワクしてよろしいわ。
それでは寝ます。ごきげんよう。

編集・削除(編集済: 2025年11月28日 15:31)

ロケットBBS

Page Top