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スレッドNo.6546

コーヒー  静間安夫

秋の夜長
わたしのアパートの
小さな部屋で
所狭しと置かれた
書籍に囲まれながら
ひとり孤独に
愉しむコーヒーほど
精神のぜいたくを
味あわせてくれるものはない

毎晩
遠くの線路を走る
列車の音が
いっそうはっきりと
聞こえてくる時刻になると
わたしは
読書や書き物を
ひと休みして
お湯を沸かし
コーヒーを淹れる

ペーパーフィルターに
レギュラーコーヒーの粉を入れ
お湯を注ぐと
まもなく
部屋いっぱいに
馥郁たる香りが
広がっていく

サーバーの中に
コーヒーがしずくとなって
落ちていく様子も
また美しい―
光の加減で
ガーネットのような宝石が
煌めいているように
見えるから

いよいよ
サーバーに溜まったコーヒーを
お気に入りのカップに移して
ひと口含むと
芳醇な味わいが
身体全体を満たしていく
まるで
舌ではなくて
心臓で味わっているような
気がするのだ

こんな具合で
わたしは
若い頃から
今、この老境に至るまで
こころを落ち着かせ
孤独を慰め
静かに
もの思いにふけるとき
常に変わらず
コーヒーに
助けられてきた

けれども
コーヒーの
わたしに対する
付き合い方は
決して
押し付けがましくはない

いつも
つつましく
そっと、わたしに
寄り添ってくれる

そうなのだ―
コーヒーは、
付き合ったが最後
凶暴に
こころを酔わせ
虜にしてしまうような
そんな類のものではない

ためしに
比べてみればわかる、
人間を酔わせたあげく
無慈悲にも
最後の瞬間になって裏切る
数多くのものと―

酒、
賭け事、
麻薬はもちろん
恋愛も
理想も
宗教も
イデオロギーも
政治も
金も
果は神に至るまで
この世の中に満ち溢れている
数多くのものと
比べてみれば
明らかだ

何かに酔うことなしには
生きていくことが難しい
人間の本性につけこんで
こうしたものは
餌食となった人間に
さんざん甘美な夢を
見させた後で
破滅へと
導いていく

翻って
コーヒーはどうだろう?
決して
こころを
たかぶらせることもなく
乗っ取ることもない
裏切ることもないではないか?

むしろ
コーヒーは
酔わせるのではなく
覚めさせるのだ

愉しむ人の
こころに
バランスと
中庸の精神を演出し
この世界を
偏りのない眼差しで
見つめることができるように
助けてくれる

だからこそ、わたしは
詩作を志す以上
願わくは
コーヒー一杯の
美味しさと
愉しみ方を
語りつくせるような
詩を
いつの日か
書きたいと思うのだ

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