虹の卵 上原有栖
「虹の根元には宝物があるって本当なの?」
幼い頃に僕は爺ちゃんに尋ねた
優しい笑顔の爺ちゃんは、こんな昔話を話してくれた
「そうともそうとも、これは爺ちゃんがお前くらいの年齢だった頃の昔々のおはなしさ」
子供の頃の爺ちゃんも、僕のように虹の根元に宝物が埋まっているという話を聞いて夢中になった
虹が出た日には一目散に虹に向かって駆け出していたんだって
当然、虹の根元にはたどり着けるはずもなく走って近付いたと思った虹はいつも消えていた
ある日の雨上がり、家の近くにまた虹がかかった
それはとても大きな虹だった
虹を見つけた爺ちゃんは家を飛び出して走った
━━━━━あの角を曲がれば 虹の根元が見える!
けれど爺ちゃんの目の前に広がっていたのは、何もない空き地だった
虹の根元どころか、いつの間にか虹自体も消えていた
肩で息をしながら落ち込む爺ちゃんは、空き地におじさんがいることに気が付いた
寂しい空き地には似つかわしくない、立派な服を着たおじさんだった
爺ちゃんはおじさんに虹を見なかったかと尋ねた
おじさんは泣いているような笑っているような、不思議な表情で首を左右に振った
それからこう言ったんだ
「虹は空に帰ってしまったよ」
爺ちゃんはその意味が分からず、おじさんをじっと見ていた
「君にはこれをあげよう」
差し出された手に乗っていたのは楕円形の石だった
石は雨上がりの日差しを反射して七色に輝いている
その輝きは爺ちゃんがさっきまで追いかけていた虹の色だった
「これは虹の卵だよ」
「ずっと大事に持ってておくれ」
そう言っておじさんは去っていった
爺ちゃんは話すこともおじさんを追いかけることもできなかった
おじさんから受け取った、虹色に輝く石をじっと見つめるばかりだった
「昔々のおはなしさ……おや、その目は今の話を信じていないようだ」
だってそうだろう、虹が卵から生まれるなんて話聞いたことがないもの
優しい目をした爺ちゃんは、疑いの目を向ける僕に書斎の引き出しから
小箱を取り出すと、その蓋を開けながら囁いた
「これがさっきの話に出てきた虹の卵だよ」
「これからはお前が大事に持ってておくれ」
僕は目の前の楕円形の石から目が離せなかった
話の通りその石は虹色に輝いていた
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歳を重ねた今でも
僕の書斎の引き出しには、小箱に入った虹の卵が眠っている
いつの日か、誰かが僕に虹の根元にあるという宝物の話をしてくれるまで、ね