作り笑顔 TICO
会計を済ませながら
「浴槽のキャパ超えるから
その映画はやめとくわ」
冗談混じりに
振り返って
笑ってみせた
君の
平らすぎる
後ろ姿が
夜の中空に
ほろほろと
こぼれていった
晴天が続く並木は
君の姿など
まるで眼中になく
ノイズ処理をするように
君はトリミングされて
背景の奥で保留のまま
時折
店がたち並ぶ路地から
コーヒーの香りが
漂ってくる
君の世界には
まだその香りを
吸い込む肺はない
単調に
歩き続ける
無機質な歩幅は
豪胆な青葉の
葉脈まで静止させている
水の入ったグラスを
じっと見つめる
その癖は
あの時からだろう
それは今でも
喉元に溜まり続け
君の口から遊びを奪っていく
君の機智に富んだ
合いの手が好きだった
今の君は
精巧な時計のように
駅裏から
自転車置き場までの
アーケードを
周回する秒針
けれど
あの時の作り笑顔は
とうとう
君の世界に
わずかな亀裂を生んで
ほら
店を出たあと
君は初めて
夜を見あげた
その時
君を捉えたのは
未来へのほころびだろうか
それとも
過去への残滓だろうか