あなた 樺里ゆう
幼い頃からあなたは 自身の母親に
何をするにも口を出され
アルバイト先 着る服の色 電話の相手 一人暮らし
選ぼうとしたもの全てを否定された
今の私よりも若い 二十四歳で結婚したあなたは
あの家を出る方法はそれしかなかったと言っていたね
あなたの夫となる人が 初めてあなたと出会ったとき
あなたは「完全に」母親から「精神的に支配され」
「救われたがっているように見えた」と言っていたよ
その一方で 母親を「捨て切ることもできない」のだとも
子どもが生まれたら あなたは
支配の連鎖を 断ち切ろうとしてくれた
手伝いを頼むときは命令口調にならないよう徹底し
三人のきょうだいを比べないよう気を付けた
ほんとうに 慎重になってくれた
それはよくわかるの
だけど時々 あなたはバランスを崩して
家の中に台風を吹かせることがあったね
長い間 自分の心に立ち入られすぎた弊害か
自分と他者との境界がわからなくなり
なぜ家族は 自分の気持ちや状況を察してくれないのかと
なぜ自分の理解できない言動や行動をするのだと
罵ったり 嘲ったりしてきたよね
私はそんな時 いつも
聞き流すか 自分の部屋に逃げるかして
あなたと向き合うことはしませんでした
決して察してやるものかとも 思っていました
あなたを一人の人間として 私が捉え直せるようになったのは
就職して 家を出てからです
服や食事や日用品
すべて自分で考え 選び 決めているうちに
あの家にいた頃の私も 境界線が曖昧だったと気付いたのです
不本意な提案をされても あなたを傷つけまいと口ごもり
知らぬ間に 自分の感情を抑え込んでいました
今 己の感情を守れるようになった私は 恐れずに
あなたに本音を伝えることができる
それに本音を言ったところで あなたは
拍子抜けするくらい
私を 蔑まないでいてくれたから
母さん
私は家を出て 私自身を救えましたが
あなたを救うことはできませんでした
だけどその実 自分を救いきれる存在は
自分自身の他にはいないのだとも 思います
母さん あなたはもう
あなた自身を 救えたんでしょうか
それともまだ 救っている道の途中ですか
誰に何を言われようとも 私がこんなこと言わずとも
あなたの心はあなただけのものだって
重々承知の上で ただ
救われていてほしいと 願う