秋の日 静間安夫
きのうより今日、
今日よりあしたと
日ごとに伸びる
街並みの影
午後遅くにもなれば
急に日差しは衰え
路地を吹き過ぎる風が
刻一刻と冷たくなっていく
さっきまで
石蹴り遊びに興じていた
子どもたちの姿も
何処へともなく消えてしまった
見上げれば
家々の屋根で区切られた
小さな空に
ほんのり茜色に染まった
千切れ雲が
申し訳なさそうに浮かんでいる
視線を下に向ければ
路上で踏み散らされ
汚れた落ち葉が
かさかさと
風に舞っているだけ
この裏町の秋は
成熟とか、
実りとかいう
言葉とは無縁なのだ
ただただ
夕暮れと
冬の闇に沈むのを
待っている―
老境のわたしと同じように
決して短くはない
これまでの人生で
手にしたものと言えば
幻滅と懐疑だけ
およそ
実り豊かな人生では
なかった
そんなわたしと
この裏通りは
似たもの同士だ…
やがて
とつぜん
どこかの家で
ガラスの割れる音がする
チャリン、
という音に
共鳴するかのように
わたしの心にも
亀裂が入り
その隙間から
この世の苦しみが
沁みこんでくる
そればかりか
路地の突き当たりの踏切で
間をおいて繰り返される
警報器の音も
闇が広がるにつれて
いちだんと不気味に
響くようになってきた
その音を聞けば聞くほど
踏切が
この世とあの世の
境界のように
思えてきて
知らず知らず
足がそちらに
向いてしまう
やがて
わたしの魂が
一足早く
身体から離れ
駆け足で踏切に近づき
いま
自ら遮断機を持ち上げ
列車が近づいてくるのも構わず
踏み切りの中に
立ち入るのが見える…
そうして
後に残されたのは
ただ抜け殻のように
人生の残照の中で
たたずむ ひとつの身体
いや、
ひとつの視線のみだ
よかろう
もし、そうならば
自己の魂の死を見送った
この視線のみが
わたしに残された
唯一の所有物だ
あらゆる幻滅と
懐疑と引き換えに
手に入れた
この曇りなき視線で
厳然と
この世の行く末を
見届けることにしよう