或るカナリアの歌 トキ・ケッコウ
僕がケージのなかで歌いつづけているのを聞いて
おおきな羽根たちが押し寄せてくる
「黒いダイヤを掘り起こせ」
「レディーの後ろに遅れをとるな」
そう、さえずり、さえずりあっている。
でもそのさえずりは僕の歌声よりすごく強くてうるさくて
意味も本当のところはよく分からないんだ
けれどなんだか許してしまうのさ
だっておおきな羽根たちは僕をしっかり守ってくれるし
おまけに連中は僕のクチバシよりも硬くて寒気がするほど重たいアレでいまもおおきく、おおきく振りかぶって。
ガシャ ドカ ガタン
ゴロゴロ ポロポロ コロコロコロ
黒い粉たちはとても軽いのに尖ってて
かるく宙を舞ってはお構いなしにまとわりつく
ああ最悪! せっかく整えた黄色い羽根がもう台無しじゃないか
だから怒りを含んだ少し険しい声で鳴いたのだ すると
「ごめん! ミス・スイート・バード」
僕はメスじゃないのだよ
君と同じだ‥‥その一番おおきな羽根を持つセバスチャンが
僕の爪のさきよりももっと鋭く目を細めて
「大丈夫、もうここはレディーの出番じゃない」
くるりと背を向け
他のオスたちに強くうるさく鳴き散らした
‥‥やっぱり許してしまう、だって僕は君より断然に格好いいのだから。
でも悔しかったらそのうるさいだけの鳴き声を
いっぺんでいいから少しエレガントにしてみないか? そうすればきっと本物のメスたちからモテるよ
わたくしたちに棺はいらない
ケージがわたくしたちの家
棺は歌が無くなってもいらない だって
わたくしたちのお墓は空(そら)
空の先の向こうに参る
ところでわたくしたちの真似をして
ひと声たかく鳴いたという
昔どこか遠いところにひとりのオスが
‥‥居たって聞いてる。しかしどんな色の羽根だった?
‥‥知らない。
‥‥興味ない。だってそいつ、きっとニンゲンだろ?
*
僕が生まれたのは
太陽がニレの木の根本から登る季節で
つまり僕たちが番(つが)いだすころ
といってその木に僕が羽根を休めたことはない
目が覚めたらそこがセバスチャンの家だった
セバスチャンはご飯をモリモリっと食べる
僕もだからおなかいっぱい食べさせられた
すぐにおおきくなってそのうちとてもよくさえずった
だからセバスチャンの目にとまったのかもしれない‥‥でも
「行こう! ミス・スイート・バード」
‥‥だから僕はメスじゃない‥‥ところで
たくさんの仲間たちを束ねる一番おおきなオスのセバスチャンは
他のどんな羽根よりも真っ先に飛んでいく
その仕事場で僕のすることとは飛ぶではなくってただただ「歌う」のだ
狭苦しいケージなので背中がかゆいときもありほんとうは羽根をすこしくらいはバタつかせたいのだけれども
「必ず迎えに来る! 約束だ、ミス・スイート・バード」
(だから僕は‥‥)
セバスチャンのおおきな羽根からは不思議な水が、つう、ツウっと垂れて。
他のオスの羽根たちにも流れて、ときには赤い色の水がとろとろ、と流れているのが見えた。
そうなると僕はさらに、さらに歌うのだ、歌って歌いつづけて。
終いにはうっとりと気持ちよくなるまで、歌って、そうなる頃合いでセバスチャンが迎えに来るのだった。
‥‥そうだった、あのおおきな羽根は決して約束を破らなかった。一度も。そう、ただの一度も。
僕たちがひとりのときは さえずって
ふたりのときは 歌った
でもたくさんいればいいってことじゃあない
それはひとりで鳴く勇気がないってこと
ところで、君たちは?
‥‥さえずります。
‥‥ふたりで歌います。
‥‥さえずるし歌う。でも君たちどうもニンゲンに、慣らされ過ぎだ。
*
朝から雨だった
その日の僕はいつもより静かに運ばれていた
「お前ら、濡れるな!」
セバスチャンがブルブルっと尾羽根を震わせて他のオスたちを振り向く
ごうごうごうと聞いたことのない嫌な響きがする
ケージに入った僕からは見えない先が
いつもとは違う暗闇に吸い込まれていくみたいだった‥‥
「今日も頼む! ミス・スイート・バード」
セバスチャンが、ごとっと鈍い音を立てて僕を地面に置いた。
ごうごうごうという響きは相変わらず辺りにこだまして
僕のクチバシはもう歌う前からカラカラに乾いてしまっていた
ふだんこんなことはしないのだけれども僕は目をつむった
怖いから? いや、みたくても見えないから仕方がないのだった。
僕の目には、いつもの暗がりくらいなら十分に明るい。
だが、変なのだ。なんだ? ここはどこだ? え?
‥‥ピぃ。
*
あからさまに 打(ぶ)たれている
Japan Tokyo komagome 知らない人々が
彼と彼女を笑いながら叩いている
sushi barの片すみでふたり
おれが何したってんだ と うめく彼
ここはそういう場所じゃねえんだ!
テーブルに頭をぐいっと擦り付けられた彼
ひきつった彼女の顔に飲みかけのビールをぶっかける女
口紅が溶け剥き出しの唇に汚い泡がくっついている
連れの男がその女に手慣れた目線を送る
やがて大将の太い指が男の襟首をつかんだ
どさっという音を立てて玄関先に彼が崩れた
乱暴に引き戸が閉まって彼女が人形のように倒れた
そのとき
彼と彼女が「世界のどこかでシデカシタ痛み」が
急に歌を止めた僕の声に重なった‥‥もう一羽の鳥が僕には見えない空を飛んだ‥‥坑道ではたくさんのオスたちが騒いでいた‥‥セバスチャンはまるでケモノのようだった
深く暗い底へ‥‥ひとりで飛び込んだ
*
ボクを生んでくれたあなたへ
ボク 今日から歌うよ
まだ声はそんなに美しくないけど
いっぱい鳴くよ みんな は いいニンゲンたちだから心配しないで
でも‥‥あなたのほうが羽根の色はきれい
そうだボクのちいさな風切り羽根が
今日の朝に一枚抜けたよ
あなたにあげたいんだ だからいつだっていいです
もどってきてください
*
あたらしい歌声が次の出番を待っている
僕という羽根は
次の行く先を、さがしている。