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スレッドNo.6632

感想と評 12/12~12/15 ご投稿分 三浦志郎 12/20

1 上原有栖さん 「天使代行」 12/12

ギャグ的な作品ですが、それなりに手の込んだシカケというか筋書きはあって、神様以外みんな素人で、みんなバイト応募者です。
それぞれキャラ配分され、話が面白く肉付けされていきます。
ただ僕にはこの詩の制作意図と内容主旨が奈辺にあるか分かりません。そして、書き手と読み手にとって等しく得るものがあるかどうか、です。せっかく作者が書いてくれたわけですから、無視することはできません。まあ、バリエーションとして、こういったものもあってもいいかとは思いますけど、自分の時間を削って、こういった作品について、何か書かねばならない評者とは、一体何者だろう?「作者~評者」。立場の違いを感じて、なにかちょっと悲しいです。
上原さんはもっとオーソドックスで誠実で普遍的なものを書けるかたです。そういった連続性の中に身を置くかたです。僕はギャグやユーモアを否定するものではありません。むしろ好きなくらいです。ただ、件(くだん)のような作品で自己のお力を浪費してはなりません。そう思っています。評価は無しにします。


2 樺里ゆうさん 「あなた」 12/13

* 既存作 1/13「青い川」 8/9「二十五歳になった夏」を参考に致します。

もしも僕のほうに読み違いがなければ、ですが、この「あなた」は二人いて、姉と母だと思います。
たしか「私と姉」は双子で同い年ですね。姉は二十四歳で結婚。「私」は二十五歳の夏に縁談を断っています。ここで僕は姉妹と母の関係性について、この詩と過去作に即して考えたいと思います。
姉妹は結婚と就職といった転機を迎えるのですが、その動機の何%かは母親の影響や支配から逃れようとする意志がありそうです。
本作に出て来る母親は呪縛と言っていいほどの力を持っているし、主人公の女性も“なあなあ”の部分はあったのです。事態が打開されたのは就職して家を出てから、母親を改めて捉え直す機会も得たようです。(出雲市も関係ありか?)ただ、縁談を断った詩においては、母親は普通のアドバイスをして、さほど酷い存在ではなかったように思えますが。
ともかく、後半、家を出てからは心も平静を取り戻し客観的に考える機会を得たようです。その結果として、むしろ母親の身の上を案じる気持ちに傾いているかのようです。これは事実に近い詩に読めます。そうなると、かなり立ち入ったことになるので、評価はしないでおきます。


3 静間安夫さん 「秋の日」 12/15

今まで静間さんの詩を読んで来て気づくことがひとつあって、まず、それを今回は書いてみたいと思います。失礼ながら、普段よくある表現で平易に展開されるのですが、“そのバックボーンにある詩的思考は、余人は知らず、静間さんひとりにおいて、ひとひねりある”。 この“  ”の部分を味読願います。そしてその部分を今後も展開ください。この詩にも上記要素はあるのです。
まず、街の当初の情景描写はごく普通で常套的なものです。様子が変わってくるのは、この裏町や裏通りの寂しさが自分の人生の内実とオーバーラップする部分からです。(そこまで言わずとも……)と思えるほど、何か悲惨なものを感じてしまいます。上記に書いた「ひとひねり」はそれ以降です。ガラスが割れる音の不吉。そして踏切~遮断器のくだりです。「そればかりか」の連以降、奇怪な幻想が始まります。静間さんは肉体を残し、精神を線路内に投げ入れます。想像を投げ入れます。精神は電車に轢かれ粉々に砕け散るでしょう。奇態な異形な幻想図です。精神の飛び込み、こんな風に書く人はあまりいないでしょうし、残ったものは肉体というよりは視線であるという。この考え方も珍しいし、結果、視線がもたらす終わり2連の考え方も誠にユニークなものでした。(とりわけ後半“ひねり”部分に)佳作を。


4 光山登さん 「風は循環する」 12/15

思わず頷いてしまいそうな、インパクトあるタイトルです。このタイトル精神を後ろ盾として読みたいと思います。総体として一読すると、よくわからない詩なんです。わからないものはわからないで、そのままにします。ですが、この詩の場合、最低限「僕」のありようだけは、あやまたず捉えておかないと評が書けないのです。そういった絞り込みの仕方をしました。

「僕」の誕生の仕方……さわやかな風に運ばれた。泣きながら生まれ育った。回りの子供は朽ちていったが、自分は朽ちなかった。
「僕」がこの世を去るとき……生まれと同じように、さわやかに風に吹かれたい

条件は簡単、これだけなんです。朽ちる、朽ちないはわからないので除外します。「泣きながら」の件ですが、赤ちゃんはこの世界への第一声として泣きます。その後もよく泣きます。「赤ちゃんは泣くのが商売」と言われる所以です。ある意味、生まれに泣き、泣くことで成長すると言っても過言ではないでしょう。多分に修辞的ではありますが、この詩はごく真っ当、ごく自然なことを言っているのに気づかされます。いっぽうで風の件です。人の生き死にを「風に運ばれ風にさらわれる」といった感受性は非常に詩的です。そこにはタイトルのような循環性も充分感じられるのです。現代詩的な筆致の中に何か深いものを蔵している気配があり佳作とします。



評のおわりに。

「Kazu.さんとの想い出」

彼と僕とはお互いの詩集が出るたびに、本を送りあい感想を送りあっていました。ところがKazu.さんの出版量の方が圧倒的に多いので、僕の方が感想を書くのに、もう大変でした(笑)。そんなことが懐かしく想い出されます。年齢についてよくよく話してみると、
島さん~ミウラ~Kazu.さんで、学年が上から順に、1コずつ降りてくるのです。(なんか、兄弟みたいだな)と思った。
そんなKazu.さんでした。今は、どうぞ、安らかにー。 では、また。

編集・削除(編集済: 2025年12月20日 14:45)

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