MENU
1,703,266

スレッドNo.6667

クレイオー  静間安夫

わたしのことを
ご存知でしょうか?

現代に生きるあなた方にとって
あまり馴染みのない
名前かもしれませんね

たしかに わたしは
神々や英雄の居並ぶ
ギリシア神話の世界にあっては
目立ったエピソードもなく
控えめな女神ですから…

それでも
古代において
わたしの位置は重要でした
なぜなら
わたしの役割が
正しい歴史を
記録することだったからです

絵画に描かれたわたしが
いつも巻物を手にしているのは
そのためです

古代の人々にとって
歴史を掘り起こし
正確に書き留めておくことは
何にも増して
大切なことでした―
過去のあやまちを
決して繰り返さないために
そして
自分たちが苦難の中で
営々と長きに亘って
築き上げてきた文化を
後の世に引き継ぐために

ところが
一口に言って
歴史を正しく記録する、とは
容易なことではありません

「自分自身の利害と無関係に
善悪を持ち込まず
無色透明な尺度によって
いささかのバイアスもかけることなく
過去を振り返って叙述する」
そもそも、そうしたことは
いかなる人間にとっても不可能です

ですから
古代ギリシアやローマの歴史家は
「神の視点」から超越的に
歴史を記録することができる、
クレイオー、すなわちわたしに
助力と加護を願いながら
自分たちの仕事を遂行したのです

以来、わたしは
歴史的な真実に
たどり着こうとして
懸命な努力を
続ける人間たちを見守り
ときには助力を与えてきました

たとえば
トロイの遺跡や
ツタンカーメン王の墓を
発掘できたのは
もちろん、考古学者たちの
情熱と行動力によるところが
大きいにしても
最後の段階で
彼らに霊感を与え、
その場所を見出させたのは
何を隠そう
わたしなのです

それだけではありません
戦争と革命の
過酷な嵐が吹き荒れた
前世紀の記憶を
埋もれさせないためには
悲惨な体験をした人々の
証言が欠かせません

ただ
できれば忘れてしまいたい―
そうした記憶を敢えて
呼び起こしながら語るのは
どれほど当人にとって
つらいことでしょう

そんなとき
そうした立場の人たちを支えて
悪夢のような記憶に
向き合う勇気を与え
一歩踏み出させるために
背中を押すのも
わたしなのです

このようにして
人間たちを助けるのには
理由があります―
それは
歴史家をはじめとした
多くの人々の誠実さに
わたしが心を動かされたからなのです

死すべき存在である人間たちが
世代から世代へと引き継ぎ
紡いできた歴史こそ
人間のアイデンティティに
他ならない―
そう確信し
またそれゆえに
正しく再現して
書き残そうとする、
その誠実さに
心を動かされたからなのです

ところが
こうした純粋な熱意を
示す人々がいる一方で
人間たちの中には対照的に
歴史を恣意的にゆがめる者も
後を絶ちません

特に情報氾濫の世の中で
真偽の見定めがたい言説に
振り回されている
今、この時代において
その弊害は深刻です

ジェノサイドのような
不都合な歴史を
抹消しようとする独裁者、
自国の負の歴史を
正当化する政治家―
法外な力を手にしたと
勘違いしている彼らは
すっかり傲慢になってしまい
真実を踏みにじることの危険に
まったく気づいていないのです…

そればかりか
そうした指導者の思想に
心酔する人々も少なくないのです

ですから、ここで
古代人たちが
どうして
あれほどまでに
歴史の真実を継承することに
こだわったのか?
もう一度
思い出してみる必要があるでしょう

それは
歴史から学ぶことなく
歴史の教訓を
生かさなかったものたちの多くが
やがて
歴史そのものに裏切られて
滅んでいく過程を
しばしば目にしていたから、
という事実を
ゆめゆめ忘れてはなりますまい



三浦志郎様

本年は、いつも私の詩にお目を通して頂き、誠にありがとうございました。
その度に温かいコメントとアドバイスを頂戴し、厚く御礼申し上げます。
今後とも、何卒よろしくお願い致します。
どうかよいお年をお迎えください。静間安夫

編集・削除(未編集)

ロケットBBS

Page Top