私春記 上原有栖
「はぁ。」
夫婦の何気ない会話のなかで
左の胸に嵌った小瓶が震えた
瓶の内側に満ちている水溶液
無色透明に見えたなら幸せ者
なかに浮かんだ小さな欠片は
あの日から溶けてくれないよ
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忘れられないわ思春期の古傷
私はある日仲間外れにされた
原因は些細なことだったのか
当人たちはきっと忘れてるね
そんなことした意識も無いか
突然会話が続かなくなったの
返ってくるのは曖昧な相槌で
「はぁ。」
「そぅ。」
「へぇ。」
無理に作り上げた愛想笑いは
どうやっても続かなかったよ
だれにも見つからないように
トイレの鏡に向かって涙した
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もう周りを信じられなかった
なのに私の渦巻く感情なんて
知らんぷりしてある日のこと
突然同級生が話してきたから
背筋が震えて止まらなかった
昨日までの私と何が違うの?
私は何も変わっていないのに
どこも変わってないわよね?
周りの友人がとても怖かった
何故あんなに冷たかったのか
結局聞くことが出来ず終いで
だから心に蓋をして過ごした
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小瓶の中の液体は悪臭がする
同級生と会うことはもう無い
それぞれ悲喜交々を経験して
それぞれ幸せな家庭を築いて
昔は楽しかったと言うのかな
けれど
過ぎ去った私の青春の記憶は
恐怖をずっと引きずったまま
きっと
この身体が灰煙になった後も
心が空に高く昇っていくまで
ぜったいに忘れないでしょう
少し汚れた半透明の小瓶の中
ちゃぷんと波打つ記憶の溶液
思春期の痛くて苦い想い出に
私はこれからも添い寝するの