落ちる 荒木章太郎
僕はスタントマン
落下の王国に住む
落ちることが仕事だ
生きるために
死へ向かう衝動を使う
落ちる時は
気を失わないこと
夢をみないこと
堕天使に魅せられて
美しく堕ちる
不様に落ちる
陥るのではない
落ちる決断をするのだ
いつも落ちる際の鼓動に苛まれる
自暴自棄ではないと言い聞かせる
落ちることに向き合っているのか
いや
失うことを恐れていた
欲望で肥大した空っぽな自己に
多種多様なものを詰め込み
都合よく加工した
自分色に染まる作り話の王国
この国を滅ぼすのが僕だ
牙を内に向けるか
外に向けるかの違いだ
ああ
この自責的で他責的な怒り
その背景に身を隠す悲哀に
決して触れることができない
この命は地上に生まれ落ちて始まり
太陽が西の地平線に沈み終わる
この儚さを愛と欲望と肉体で包み込むと
天使の羽のような軽さで恋に落ちた
秋には白い羽は枯れ葉に変わり
冬の北風に吹かれて絶望へ落ちる
せめて周りの注目を集める
落ちるという行為に光を当てる
大きく揺れる吊り橋の上で
愛する二人に向かい
運命という蒸気機関車が迫り来る
映画の撮影で高架橋から飛び降りた僕は
右足を折ってこの病院に運ばれた
オレンジの収穫を手伝っていた少女が
知識の実を取ろうとして
木の上から落ちた
右腕の骨を折り
同じ病院に運ばれてきた
思春期の春の手前にいる君は
恐怖を好奇心に変えて
希望に満ち溢れていた
毎週日曜日の午後に
君は僕の病室のベッドに潜り込み
落下の王国の物語をせがむ
彼女の無邪気さに嫉妬する
僕は結末を悲劇にすることで報復する
冬に備えて成熟したとしても
運命の落とし穴に落ちて
真っ白な雪の空白に埋もれた話だ
孤独は氷柱となって
君の胸を傷つけてしまった
僕の語る落下の王国の話に
君は赤い血の涙を流した
悪意に開いた僕の口に
君の怒りが注ぎ込まれる
悲しみが注ぎ込まれた
僕も涙を流すが
それはまだ僕だけの痛みに過ぎない
君と僕の涙は混ざり合い
深い眠りへと堕ちたい欲望に打ち勝ち
同じ悲哀を分かち合うことができた
熱い涙を流し
言葉のない静寂へ
悲しみは
こんなにも暖かいのか
これまで落ちても生きながらえてきたのは
そばにいてくれる人がいて
耳を傾けてくれる人がいたからだ
怒りを生きる欲望の力に変えて
二人の悲しみを絶望から浮かび上がらせた
現実の物語に繋げることで
落下の王国は本当に滅びた
やがて僕らは回復して
それぞれの生活に戻った
物語を観る者の望みとなるために
僕は今日も落下するのだ