1月20日(火)~ 1月22日(木)ご投稿分 評と感想です。 (青島江里)
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1月20日(火)~ 1月22日(木)ご投稿分 評と感想です。
☆七夕 多年音さん
七夕といえば星に願いをかけ、空を仰ぐという場面が思い浮かびます。多くの作品は、おそらく、七夕と言えばきらめく星のことだとか、空についての情景や空に向かっての願い事についてのことをそのままに描きそうなのですが、こちらの作品は、夕涼み会が終わってから笹を燃やすということについて焦点を置いていますね。
一見、空には関係のないことに思えるのですが、そうではなく、燃やすことによって空に高く昇るということに重きを置くことで、空との密接な関わりを表現されることに成功していると思いました。読み手に更にわかりやすくするために、ばあちゃんの火葬を思い出すということを取りいれてくれています。そこから読み手を、この行為は単に処分ではなく、煙になって高いところに昇るということは、ここではない遠い場所につながってゆくかもしれないという気持ちにさせてくれました。また魂の浄化や、空に皆の思いがより高い場所へ届いてほしい等、幾つかのことを思い起こさせてくれました。
とても詩的な着目点だと思いました。もったいないなと思ったことはたった一つです。このような良い着目点を「煙だと高く飛ぶもんね」と終わらせてしまうだけではなく、笹を燃やした日の、人々の呼吸や表情。静かだけれど、遠いけれど、この世と空は繋がっているのだと思わせてくれた空の様子などの力を借りて、あと少し、余韻を残せるような連を追加してみると、更に味わい深い作品に仕上げることができるのではないかと感じました。天に届けるということを見つめさせてくれる作品、今回は佳作一歩手前を。
☆あなたの歩幅で ゆづはさん
なんども靴ひもを結ぶという行為。靴ひもっていうのは、ほどけない特殊な結び方もあるのかもしれませんが、ごく一般的に結ぶ方法をとれば、どんな方でも、いつかはほどけてしまうものですよね。その頻度がなんどもあるということ、そこから「あなた」の不器用さが伝わってきました。また、ほどけたまま歩いてもいいのかもしれませんが、ほどけるたびに結び直すという行為から、「あなた」の生真面目さ、慎重さも伝わってきました。
この生真面目という印象から届いたのは、「生きづらさ」という思いでした。なんだか真面目な人間が損をする世の中になっているような気がするという人は、現代社会にはたくさんいると思います。御作は、このような方々の思いに寄り添えるような優しい作品になっているのではないかと思いました。
作品の流れがとても自然で、とってつけた印象もなく、お説教感もなく、ほどよい距離から見守ってくれているような、あたたかな空気を感じさせてくれました。怖がりを慎重さと置き換え、遅れて遠回りのようになった歩みを、安全を確保するという連想を起点として、結果、誰かを包む優しさになると置き換えています。生きづらさを感じる人々の視線に腰をさげて優しい風を吹かせてくれているようにも思えました。
ところで、このままでもよいのですが、とても細かいことになるのですが、五連目の「今日という日を抱きしめていた」の「抱きしめていた」なのですが、「しめていた」とすると、継続し続けるという強い意志の方に意味が傾いてしまうような気がします。「あなた」は不器用な方となっているので、このような強い意志を持って今日の日への思いを継続できるのかとなると、どうかなぁって思ったりしました。そこで、「抱きしめている」にすると、その日その日やっとこさというニュアンスができて、不器用さに繋がっていくようにも思えたのです。あと、こちらもこのままで充分だと思うのですが、作者さんのほどよい距離の見守り感を強調するため、最終連に「この場所で」を付け加えてみるのもよいかなと思いました。
不器用な その足音を
私はずっと
この場所で聞いているから
人生を、道を歩むということに例えて、振り返ったり立ち止まったりというモチーフは多く見受けられるのですが、「靴ひも」に焦点をあてて独自のカラーを出したところがよかったと思いました。今回はふんわりあまめの佳作を。
☆潤情 上原有栖さん
詩的な表現の中に官能的な表現が織りこまれた作品。一対一の張り詰めた空気感や抑えきれない情熱が伝わってくるようです。官能的で詩的な比喩に特性のある作品。下記はその特性、心の描写について、より一層、深堀りしたものを引き出すための私なりのあれこれです。何かお役に立てれば嬉しいです。
一連目の「吐息が残る」……吐息については落胆した時や、ほっとした時などいくつかの視点が見受けられます。どういう状況かがわかるように「熱い吐息が残る」などにすることにより、相手に対する抑えきれない感情を明確にすることができると思いました。
二連目の「生唾を飲み込む音」……差し迫るものへの緊張感が伝わってくるのですが「乾いた喉が鳴る音」等にすることで、のどが渇いて水を欲するように、心から強く望むことを同時に表現できるのではないかと思いました。
三連目の絹衣越しの体温の描写はとても繊細で美しく、ひそやかな感情の高まりが感じられました。一例ですが「抑えられない絹衣越しの体温は/あなたに気づかれているだろう」と、することで、この体温が単なる物理的なものではなくて内面の感情の現れであることをはっきりさせることができると思いました。
四連目から五連目にかけては詩的でありつつ性的な含みもあります。からだの奥のさらに深くに いつも隠されている ひそやかなる場所。穏やかに潤ってゆくというということで、お互いの言葉にしなくても心が通じ合っているということが伝わってきました。五連目の先頭を「あなたと同じであってほしい」とすることで、このつながりを、単なる肉体的なものではなく、内面の感情や心の共鳴でもあると示すこともできると思いました。
六連目から七連目では、「あなたに」対する深い慕情が伝わってきて、この作品の一番印象深い連になっていると思いました。「あなた」の過剰なほどに整えられた深爪は、相手への隠された深い愛情が感じられました。また、深爪の表現から続く「愛するあいては/ 決して傷つけてはならぬ」というメッセージは、作品全体に深みを与えていると思いました。
情熱的な感情と共に、心の繊細な動きを描いた美しい比喩が印象的な作品。今回は佳作一歩手前を。
☆隣人 aristotles200さん
凄まじい戦場の悲惨さ、無残さ、とてつもない怨念の恐ろしさが伝わってきました。怨念というものがどのようにして生まれてくるのかという過程がうまく描けていると思いました。また「禍い」というものが、戦場で亡くなった人々の憎しみや怒りが集まってできたものかもしれないということもよく伝わってきました。
「禍い」は、戦死者の魂が一体の亡骸に吸い込まれて、人ではない化け物に変わり、やがて農夫のなどの人の姿に変わる……そのような表現は、もしかしたら人の一般社会の中に紛れ込み、復讐を果たすためなのかもしれないということを、リアルに感じさせます。また、貴方の隣人かもしれないというところは、読み手をびくっとさせる怖さがありました。
このままでも充分良いと思うのですが、微調整をするとさらに良くなるなと思ったところを数点。
☆三連目:無惨な死骸たち→弓矢や槍、刀など、前行での表現で充分に無残さは伝わると思うので、無残については省略できそうです。
☆五連目:遺骸は、何も語らず腐っていく/腐臭が満ちる→前の行に腐っていくという言葉が重複しているので別の表現を考えてみるのもよさそうです。
☆十七連目:それの名は、禍い→固有名詞として使用していることを強調するために「禍い」とすると誤読を防げると思いました。
戦場の無残さや魂の怒りについても考えさせてくれる作品でした。微調整することで更に
よい作品になると思いました。今回はふんわりあまめの佳作を。
☆焼肉定食 荒木章太郎さん
現代社会に生きる私たちの矛盾や心の葛藤が強く伝わってくる作品。
弱肉強食と焼肉定食という似た言葉を並列させ、「肉」という言葉を展開させながら、作品を進めてゆくユニークさ。ユニークでありつつも、内容は哲学的で、とても深く重いもの。現代人の心の雄叫びであるかのような空気が作品全体にありました。
弱肉強食を憎んでいながら、肉を食らいつくという部分は、弱肉強食を憎みながらも、そのサイクルに身を置かなければいけないという、多くの人が抱える矛盾が表現されているように思えました。三連目では、繰り返す日々の中での自身の存在意義や日常の閉塞感が伝わってきました。
九連目の「奴隷に戻るのか/赤ん坊に戻るのか」の対比のフレーズは、かなりインパクトのあるフレーズでした。繋がれた、或いは束縛された社会から現実逃避したいという願望と、汚れのない赤子のような世界へ帰りたいという気持ちが複雑に絡み合っているように感じられました。また、その選択を執拗に迫られているかのような気持ちも伝わってきました。
十連目も同じくらいインパクトのあるフレーズでした。眠ることが夢に逃げることなのか成長なのかという戸惑いと、できることなら現実逃避したくないという、現実に立ち向かおうとする姿も浮かび上がってきました。
「弱いものと強いものの間で」と、「捧げる側」と「授かる側」の二つの立ち替わり入れ替わりの構図は、ずっと昔から繰り返す人間の社会の歴史を表現されているようにも感じられました。その構図は、直線ではなく、食物連鎖の循環のような、逃れられない輪の形をイメージさせてくれました。と、共に、現代社会に混在する大小様々な人間の業を彷彿させてくれました。
現代社会の矛盾や誰もが感じる心の葛藤や人間の業について深く感じさせてくれた作品でした。秀作を。
☆一人は好きだけど孤独は悲しみなんだね 喜太郎さん
『君の膵臓を食べたい』は、大ヒットした映画ですね。当時、タイトルだけ見た私は、怖い映画だと勘違いしていたことを思い出しました。上映が終わってから大分たってから、機会があって、鑑賞しましたよ。ラストが予想外で衝撃すぎました。
一人があたりまえのような時間の中で生活している「僕」と正反対のキラキラした学生生活の中ですごしている「彼女」……通常なら接点のなさそうな関係であるはずですが、「彼女」の明るいキャラクターが高じて、ぐいぐいと「僕」の心の中に入り込んでくる様子が伝わってきました。
ズカズカと耳から心に上がり込み
いちいち言葉を選ぶことさえ苦痛だった
こちらの表現は、ものの見事にその様子を描き切っていると感じました。
やがて「彼女」が癌になってしまうことで、今までのように会うこともできなくなり、今までの一人の生活に戻ったはずなのに、今までと違う寂しさというものが芽生えたという心象と「明日と不幸はいつ来るか分からないのよ」という映画での名言を引き合わせたところは、どうすることもでい切なさを誘いました。
物語の要素が強い作品。あと少し、物語の芯を残しつつ、要点をまとめて、長い目になっているところを整理するとよいかなと思いました。物語の映像を追ったものに、オリジナルなカラーを持たせるために、比喩を加えてもよいかなぁとも思いました。そうすることで、更に読み手を惹きつける作品になると思いました。今回は佳作一歩手前を。
欄外の米印に綴られた「書き残したくて書きました。」という言葉に惹かれました。感動を忘れたくないから書き残すという気持ちは、とても大切な心持ちだなぁと思いました。
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立春となりました。思い切り寒くなったり、急に三月の気候になったりと何かと落ち着きのないこの頃ですが、
どうぞおからだを大切に。心おだやかに、春を待つ日々を過ごせますように。
みなさま、今日も一日おつかれさまでした。