叙事「泉」 三浦志郎
横浜市は日本有数の(政令指定)都市である。
十八の区を持つ。その中に「泉区」あり。
昭和六十一年、戸塚区から分区して成立。
面積は市中第九位。 農地面積は市中最大。
自然環境と都市機能の双方に恵まれている。
調べると、
大変興味深いことがわかる。
*
鎌倉幕府御家人に、
泉 親衡(いずみ ちかひら)という武士がいた。
あまり聞かない名前だ。通称は小次郎。
私の印象では多分にいかがわしい人物である。
幕府の大きな内乱のひとつ「和田合戦」の端緒
を作り、時の執権・北条義時を亡きものにしよ
うとした、言わば謀反人。追手を逃れ逐電。*
その後、行方知れず、生死知れず。幕府も真剣
に追跡した気配がない。どこかに”裏“がある。**
鎌倉期、不思議な事件のひとつではある。
この怪人物、今も歴史の闇の中。
*
その泉 親衡の居館跡が、今は横浜市
泉区の「泉中央公園」になっている。
付近に彼ゆかりの寺や神社も存在する。
その男、謎と事績の谷間に名を刻み、
現代の地名とも繋がっている。
*
この区の成立時、命名にあたり、
その男の名が影響したか、どうか?
実際は「泉」という清新で豊穣で、
永遠のイメージを尊重したようだ。
ただ、彼の館跡の湧き水が発祥らしい。
*
どうして、こんなことを書いたかというとー。
私はその泉 親衡ゆかりの寺を訪れた。
初めてだ。
姉が亡くなり、
嫁ぎ先の菩提寺。
彼女の眠る場所になったからだった。
ひとつの縁(えにし)であるらしい。
* 逐電……すばやく逃げて行方をくらますこと。
** “裏”がある。……泉 親衡の乱は北条義時がライバル・和田を滅ぼす前哨戦として
泉をそそのかしての、いわゆる“やらせ”ではないか、という異説もあり。
ちなみに泉は埼玉県川越市まで落ちのび八十八歳まで生きた、という伝承もあり。