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スレッドNo.6838

補助線  静間安夫

「つまりはこういうことなんだ」
そう言うと
きみは
森羅万象に
いとも簡単に
補助線を引いていった

なんと不思議なことか―
きみに補助線を
引かれたとたん
あれほど難解に思えた
幾何学の仮説が
容易に証明され
中世の古文書に記された
謎めいた暗号も
あざやかに
解読されていくのだ

そんなきみにとって
残されたのは
「神とは何か?」
という問題だけだった

この最後にして最大の課題に
没頭するきみが
あるとき語ったことがある―

「果たして
 神とは何か?
 それは例えば
 宇宙の根源であり、
 人間を含めたあらゆる事物に
 意味を与える存在かもしれない。
 あるいは
 魂が不死であるための
 不可欠の前提として
 人間が考え出した概念だろうか?
 それとも
 人間の運命には
 まったく無関心な
 気まぐれで放埓な
 裁き手なのだろうか?

 確かにこれは
 難問には違いない。
 ただ、
 いかに複雑な対象といえども
 合理的な解釈へ導く切り口、
 いわば補助線のようなものが
 必ず存在するはずだ。
 それさえ見つかれば
 目下の課題の解決も
 意外に早いと思うよ」

こんなふうに
きみは
哲学や禅宗から学んだ
厳密かつ柔軟な
思考様式を十全に
活用しながら
「神とは何か?」という問いと
格闘していたようだった―
ところが…

ある日とつぜんに
もたらされたのは
きみの訃報と
死の直前に
わたし宛に送ってくれた
きみの手紙だった

「前略 ご健勝のことと存じます。
 当方は多少体調を崩していたものの
 だいぶ回復しました。
 今日は気分もよいので、
 かねてより取り組んでいた
 課題の途中経過をお伝えすべく
 筆を執った次第です。

 ひと言で言えば
 予想に反して
 かなり苦戦しております。
 その理由は
 以前にお話したこともある
 問題解決のための手がかり、
 つまりは補助線を
 どのように引くべきか、
 なかなか決められないからです。

 特に最近
 病気をしてから
 気づいたことなのですが、
 本来この問いに答えるには
 人間の五感や思考を超えたものを
 要求されているのではないでしょうか?

 この3次元の世界に閉じ込められた
 われわれ人間には把握できない
 神という超越的な対象であるがゆえに
 幾何学の問題を
 解くときとは違って
 容易に手がかりが得られないのでは?
 そんなふうに思えて
 少し弱気になっております。

 さらに、もし
 人間の存在のあり方そのものが
 この問題を解く際の
 障害になっているとするならば、
 その場合
 人間が人間でなくなるような瞬間、
 人間が人間を超え出る瞬間にしか
 解決の糸口は見つけられない、
 ということになります。

 もう
 わたしの言いたいことは
 おわかりでしょう…
 『死ぬ瞬間』になるまで
 補助線は引けないかもしれない、
 そう考え始めているのです」

ここまで読んで
わたしは思わず
慄然としてしまった
もしかして
きみは
問題の解決に一途に
のめり込むあまり、自ら
死を早めてしまったのではなかろうか…

しかし、
きみが暗示している内容には
思い当たる節がないでもない
なぜと言うに
仏教でも
教えているではないか―
死ぬときに初めて
悟りを得る、と

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