僭称者 静間安夫
歴史上
彼らは
繰り返して現れる
リチャード三世、
斎藤道三、
ボリス・ゴドノフ、など
枚挙にいとまがない
あるものは
先王亡き後
幼君を手にかけて
王座を乗っ取り
あるものは
クーデターで
政権を奪い取る
正統の後継者でない彼らは
陰謀を張り巡らし
冷酷無比のやり口で
権力奪取に成功する―
その姿には
良心のひとかけらもない
神仏を信じるそぶりも見せない
ただ、興味深いのは
こうした僭称者の多くが
実権を握ったあと
決して
不明な君主でも
暴君でもなかったことだ
むしろ
開明的でさえあった
たとえ
「正統」ではなくても
政権を担うに相応しい
「実力」を備えていたのだ
何よりも
こうした「実力」を
自ら意識していたからこそ
不抜の自信を持って
頂点の座に
突き進んだのであろう
しかしながら
歴史において
長きに亘って
権力を維持できた
僭称者は少ない
なぜなら
彼らの政権が
内憂あるいは外患に見舞われ
ほころびを見せた途端、
「正統」でない、というキズが
露わになってくるからだ
例えば
国内のあちこちで
一斉に蜂起した反対勢力は
国民に対して、きっと
このように檄を飛ばしたはずだ―
「今こそ、血にまみれた
あの極悪人の手から
聖なる王冠を取戻すときぞ!
正当な君主を迎えんがため
国民よ、いざ立ち上がれ!
武器をとれ!
首都に向かって進撃せよ!」
こうして反乱が
燎原の火のごとく
広がっていく様を見ながら
僭称者は
ここで初めて
「正統」という言葉の重みに
いやでも気づかされ
臍を噛んだことだろう
それでも彼らは
決して怯むことはない―
ひとり馬にまたがり
密集する敵軍のただ中に切り込み
雄々しく戦い
その没落を
自ら爽快に彩って
散っていく
「上等だ!
なかなかやるではないか、
おまえたち腰抜けどもにしては。
だが、喜ぶのはまだ早い!
見事この首をとってからにするがいい。
さぁ、相手をしてやろう、
この若造め!」
たとえ破滅しようとも
おのれの生き方を
最後まで貫いた彼らではあったが、
伝統的な身分制度や価値観に
縛られた時代の人々には
全く理解されることはなかった
こうして数百年にも亘って
悪役でしかなかった彼らが
はじめて本来の意味で
脚光を浴びるようになったのは
ごくごく最近のことだ
なぜなら
この先行き不透明な現代、
我々には既に
拠って立つ価値観も
信頼すべき「正統」も
失われている
神仏に今さら
すがるわけにもいかない
もはや頼れるのは
おのれひとりの「実力」だけだ
そんな状況下にあるからこそ
徹頭徹尾、おのれの力のみを
信じて生き抜いた
爽快な生き様に
―およそ道徳的ではないものの―
惹かれてしまうのだろう
何を隠そう、彼らは
我らの同時代人なのだ