春を忍ばせて ゆづは
午前五時
薄暗い廊下の床が
まだ寝息をたてている
ガレージのシャッターが上がり
ほどなくしてエンジン音が
角の向こうへ消えていく
町の小さなスーパーの片隅
あかぎれでかじかんだ手が
陳列棚にパンを並べる姿を
瞼の裏に思い描く
カサカサと擦れる
ビニールの音だけが
静まりかえった店内に
朝の鼓動を刻んでいるのだろう
かつて
私の指を握り返した
あの小さく柔らかな手のひら
いつの間に
こんなに逞しく
傷だらけになったのか
並べられたパンを
どこかの誰かが手に取り
穏やかな朝が
この町に また一つ灯っていく
傷ついた指先に
春の温もりが
そっと届きますように
エプロンのポケットに忍ばせた
花の香りのハンドクリーム