MENU
1,833,428

スレッドNo.6889

感想と評 2/10~12ご投稿分  水無川 渉

お待たせいたしました。1/10~12ご投稿分の感想と評です。コメントで提示している解釈やアドバイスはあくまでも私の個人的意見ですので、作者の意図とは食い違っていることがあるかもしれません。そもそも詩の解釈に「正解」はありませんので、参考程度に受け止めていただけたらと思います。
 なお私は詩を読む時には作品中の一人称(語り手)と作者ご本人とは区別して、たとえ作者の実体験に基づいた詩であっても、あくまでも独立した文学作品として読んでいますので、作品中の語り手については、「私」のように鉤括弧を付けて表記しています。

●ゆづはさん「怯える指先」
 ゆづはさん、こんにちは。今回の作品はこれまでのファンタジー的な設定とは異なり、日常生活の一コマを描いている詩ですが、独特の翳りのあるトーンは健在です。
 これは静電気を描いた詩ですね。特に冬場は人によってはいろいろなものに反応してしまうようですが、水道の水でも静電気が起きることはあるようです。
 毎日台所の流しの蛇口から水を出すと静電気が起こって恐い……事実を記述すればただそれだけのことなのですが、「ステンレスにぼやけて映る/歪んだ顔」や「蛇口の向こう側に広がる/暗く湿った沈黙」といった詩句に「私」の不安や孤独がうまく表現されています。
 最終連の

怯えながら 呪いながら
それでも
この台所で 
生きていくしかない

は特に印象に残りました。「私」の生きる場はなぜ台所しかないのか、その理由は記されていません。独居しているのか、だれかと暮らしているのかも分かりません。どのような状況であれ、「私」がこの台所に幽閉されているかのような息苦しい閉塞感をもって作品が閉じられます。ある意味でこの台所は、「私」から見た世界の縮図なのかもしれません。
 日常生活のありふれた一コマを深く掘り下げて新しい世界を開示して見せるのは優れた詩の一つのあり方であると思います。小品ですがとても味わい深い作品でした。評価は佳作です。

●喜太郎さん「推し」
 喜太郎さん、こんにちは。これは推し活の喜びが炸裂している作品ですね。読んでいるこちらが気恥ずかしくなるほどストレートにファンの心理が綴られていて微笑ましいです。ストレスの多い現代生活において、純粋に情熱を注げる対象があるというのは幸せなことだと思います。そういう意味で、ここで描かれている内容については何も異論はありません。
 ただ、詩作品として見た場合にもう少し深みがほしいと思ってしまいます。推し活は楽しくて生きる力を与えてくれるというのは確かにその通りなのですが、それは読み手もすでに承知していることなので、それをそのまま書いているだけでは読者に何らかの新鮮な感動を与えることは難しいと思います。タイトルもストレートすぎる気がします。
 この詩で私が印象に残ったのは最後から2連目の「生きる世界は違うけれど/同じ世界に生きているんだね」です。1行目と2行目で矛盾しているようだけれども、逆説的に真実を突いています。この主題、特に推しとファンの生きている世界が違うことをもっと掘り下げて展開していけば、より詩としての深みが出てくるかと思いました。参考にしてみてください。評価は佳作一歩前です。

●トキ・ケッコウさん「『それ』」
 トキ・ケッコウさん、こんにちは。今回の作品は、これまでのトキさんの詩に比べても格段に難解でした。「それ」とは何か? 変化、あるいはもしかしたら死に関連しているのかもしれませんが、結局は分からずじまいでした。詩中の「わたし」も「それ」が何なのかを知らないとありますので、おそらく名付け得ぬ何か、「あなた」は知っているけれども「わたし」は知らない何かを表現しようとしているのではないかと思います。
 猫が「どしんと音を立てて」横になるとか、「風から何かが近寄ってきた」といったように、日常的な事物の描写が微妙に歪んでいて、不穏な雰囲気を感じました。また、「美しい薔薇は/その美しさを知らない」等、興味深い詩句もありましたが、終始謎めいていて、全体の脈絡が掴めませんでした。
 あえて伝わりにくく書いているのかもしれませんし、「意味」が分からなくても詩は味わうことができます。ただ今回の作品については、「分からないけれども面白い」とまで言えるかどうかは残念ながら微妙でした。評価は佳作一歩前とさせていただきます。

●埼玉のさっちゃんさん「雪の休日」
 埼玉のさっちゃんさん、こんにちは。私は雪国の生活を知らないのですが、関東の都会に住んでいると、少しの雪で交通機関が混乱したりして、ちょっとした非日常の体験になりますね。この作品ではそのようにして、休日の午前中の降雪によって心に余裕ができ、のんびりと家で過ごしていたのが、午後になって雪が止むとまた忙しい日常が戻ってくる様が描かれます。
 この詩は一日の天候の移り変わりとそれに伴う語り手の心情が淡々と描かれています。特に何か大仰な思想が語られるわけでもなく、また語り手の気持にも一貫性がありません。午前中はのんびり休日をすごそうと思っていても、雪が止んでしまうとのんびりできなくなってしまいます。
 最終行の「それでもいいと思える」がこの詩の結論と思われます。自然や自分の心の移ろいやすさをそのまま肯定するおおらかさが感じられます。それはまさに、2行目で語られていた、「サラサラの雪が私の心を純真にさせてくれる」ということの効果なのかも知れません。それは雪が止んで解けてしまっても、「私」の心に残っているのでしょう。
 一つだけコメントしますと、この詩は連分けなしで書かれていますが、前半の雪が降っている状況と後半の雪が止んだ状況の間には時間的な間隔があるはずなので、「けれど」の前で一行空けたほうがいいと思います。
 地味な小品ですが、繰り返し読むとほのぼのした味わいがにじみ出てきました。評価は佳作です。

●aristotles200さん「リセット」
 aristotles200さん、こんにちは。今回の作品はユダヤ・キリスト教的な色彩が濃厚ですね。ただし、その世界観をそのまま使用しているのではなく、ひねりを効かせたパロディになっており、ミルトンの『失楽園』にも似た、神への反逆のテーマが描かれています。
 この詩は二人の存在の対話形式で書かれています。一方の「ウリエル」は聖書正典には登場しませんが、ユダヤ教やキリスト教の伝統の中で語られる天使です。「ウリエル」という名は「神の炎」「神の光」を表し、神の裁きを司る天使として描かれることもあるようです。また預言との関連で語られることもあるので、本作品でも「預言のウリエル」と呼ばれているのでしょう。
 もう一方の語り手の名は記されていません。けれども、「人間の/業の全てを背負って/地獄にいる」という表現から、これはキリストのことではないかと推測します。ただし、正統的なキリスト教で語られる、愛のゆえにすすんで人類の罪を背負って死ぬキリストとは異なり、このキリストは神に裏切られて罪を着せられた存在として地獄にいます。
 この詩では(神のいる)天、(人間の住む)地、そして(地獄である)地下という3つの世界が舞台となりますが、最初の二つの世界は滅ぼされ、地獄だけが残ることになります。それは「偽物と、偽善の者たちを/リセットする」行為として語られます。悪魔的存在だけがリアルな存在である、ということなのでしょうか。リセットされたからには世界の歴史は新たに始まることになるわけですが、新しい世界もまた、地獄から始まるということなのかもしれません。
 何とも陰鬱な、救いのない世界観ですが、昨今の世界の状況を見ていると、一番悪魔的なのは人間自身ではないかという気もしてきます。もしかしたら、最終戦争で人類が壊滅的打撃を受け、神のような超越的存在を信じることもできなくなった終末的世界を描いているのかもしれません。
 上記のようにこの詩は二人の登場人物、ウリエルとキリスト(?)の間の対話によって大部分が成り立っていますが、途中からどちらの台詞がどちらのものなのかが分からなくなってしまいました。この点を明確にしていただければ、よりこの詩のストーリーが明確に読者に伝わると思います。評価は佳作一歩前です。



以上、5篇でした。今回も様々なスタイルの詩に触れる機会が与えられて感謝します。

編集・削除(未編集)

ロケットBBS

Page Top