ふたりの音色 ゆづは
老後の趣味だよと
はにかんだ顔で
あなたは突然
応接間のピアノに向かった
子どもたちが巣立って
静かになった家に
ぎこちない音が
ひとつ またひとつ
零れ落ちてゆく
自己流で
鍵盤を探るその背中
長年スーツを着てきた肩が
今は少し丸い
間違いだらけの音
ちっともかみ合わない
右と左の指は
あちこちへ跳ねる
不協和音さえ
まったく気にしない
リズム感なんて
あったものじゃない
ぶつかり合う響きは
まるで
私たちそのもの
すれ違って 言い合って
それでも
同じ食卓を囲んだ夜
せっかちに先を急ぐ私と
どこまでも
のんびり歩くあなた
走ったり
立ち止まったり
揃わない歩幅で
よくここまで
来られたものだと思う
食べ物の好みも
映画のジャンルも
ばらばらで
同じものに触れても
感じ方や意見は真逆
それでも
たどたどしく紡がれる
その旋律に
私は思わず
洗い物の手を止める
ああ
これ──
私の好きな曲
一番大切な
心の音色だけは
出会ったあの日から
ずっと変わらなかったのだと
今さら気づく
凸凹なふたりの
不器用なアンサンブル
急がなくていいよ
ゆっくり
隣で聴かせて
途切れそうな音を
ひとつずつ
繋ぎ合わせてゆく
ふたりのメロディー