瞳、耳、声 朝霧綾め
雨上がりの公園
学校に行く私
木のスケッチをするおじいさん
私の瞳と
あの人の瞳は違うから
きっとみえているものも違う
公園にある木
私の瞳には
ただのモクレン
おじいさんの瞳には
凛として咲く白い花々
その人の瞳で世界をみれば
空はキャンバス
雲はアクリル白絵の具
モチーフ、鉛筆、デッサンスケール
射しこむ光は黄色、茶色い地面とのコントラスト
その人の瞳で世界をみれば
あたりは色の洪水
学校
教室でおしゃべりしている友だち二人
タイピングがはやい私
ピアノが上手な隣の席の子
私の耳と
あの子の耳は違うから
きっときこえているものも違う
シジュウカラの鳴き声
私の耳には
ツピーツピー、チ、チ、チ
あの子の耳には
レミーレミー、レ、ミ、ファ
その子の耳で世界をきけば
踏切はアレグロ
猫のあくびはフェルマータ
8分音符、スタッカート、三連符にハ長調
響く靴音は二分の一拍子
その子の耳で世界をきけば
街は五線譜の上をすべりだす
夕暮れの公園
鼻歌うたいながら家に帰る私
砂場ではしゃぎ声あげる子どもたち
あの子たちの声と
私の声は違うから
きっと言いたくなる言葉も違う
五時のチャイム
私の声は
一日が終わるなあ
子どもたちの声は
もっと遊びたい!
子どもの声で私も話せば
砂はごはん
落ち葉はお野菜
おままごとではぜったいにおかあさん役がいい
おかあさん、これから買い物にいってくるわね
子どもの声で世界を話せば
心には平凡な家庭の幸福感
しかし公園を通り過ぎてしばらく経ったとき、
歩きながら気づいた
私は永遠に
あのおじいさんのみている色を
みることはできず
友だちがきいている音を
きくことはできず
子どもたちが発した言葉を
完璧に理解することはできない
ああ、けれど
私が「木蓮」と言えば
おじいさんはほほえむ
「シジュウカラ」と言えば
友だちはうなずく
「五時のチャイム」と言えば
子どもたちは口をとがらす
私の瞳や耳や声を
すべてを知る人はいないけれど
私がひくく童謡歌えば
かならず誰か
一緒に歌ってくれる人が
この世界にはいるのだ