言い訳 松本福広
テストには おおきな 0 がひとつ。
まっかな わっかは
おかあさんが おこるかお みたい。
ばってんの レ
そのかたちをみて おかあさんの
くちもとを おもいだす。
わらっているように みえて
わらっていないときの かおの くちもとだ。
さて……
どうしたら おかあさんに
おこられないかを
しんけんに かんがえた。
おとうさんが いっていた。
「まちがいを みとめられる おとなになれ。」
「しっぱいを つぎに いかせる おとなになれ。」
「こどものうちは なんど まちがったっていい。なんど ころんだっていい。」
まちがいだらけの とうあんようし。
これは おとなになるために
ひつような しっぱいなのです。
たまたま まちがいが
ここに しゅうちゅう しただけなのです。
おおきな 0
そう──これは たいよう。
これいじょうは しずまない。
ここから あがるだけ。
あしたは できるかもしれない。
これで だいじょうぶなはず。
ぼくは じしんまんまんで
おかあさんに いどむ。
……おかあさんの
かおをみて おもった──たいようだ。
やけてしまいそうだ。
めが あわせられない。
おとうさんの ことばを かりたら
「そうだけど そうじゃない!」
と むずかしいことを いわれた。
どういうことだ?
べんきょう しなくちゃならないのは
テストだけじゃないみたいだ。