nothing 上原有栖
あなたが透明になった世界では
どうしても喉が渇いてしまう
まとわりつく空気は冷ややかで
わたしの水分は
否が応にも奪われていく
周りを見渡すと
先を歩く人が
普段より俯きがちに見えて
電柱に留まる烏の鳴き声は
喧しく耳障りに思えた
知らされなかった悲しみと
気が付かなかった哀しみの
狭間に置かれた唇は
しろくかたくひび割れて
"Lip"creamを塗りながら「ごめんね」
漏れ出た呟きが
滲んだあなたに反響する
いつのまにか左胸には
ドーナツの穴みたいな
何も無い空間が生まれて
そこにはあなたの影だけが
まだ消えないで腰掛けている
鞄にしまってある
ラベルを剥がしたボトル
中身は名前も無い水
喉が渇くたびに幾度も流し込んだ
(「nothing……nothing……nothing.」)
あれはいつだったか堤防の端で━━━━━
いっとう高いところ歩きながら
呟くように歌っていたあなた
あの日を想い
わたしも口ずさんでみた
『noth……nothin……nothing……』
同じはずのメロディが
似ても似つかなくて苦笑する
棺の中に入れられなかった手紙
別れの言葉と末尾の"R.I.P."を書きつけたら
海に向けて
紙飛行機にして放り投げたよ
まだ喉が渇くの
あなたを
無くして
亡くして
失くしたから
一筋のなみだが頬を伝ったとき
澄んだ空を一羽の鴎が飛んでいく
どこまでも どこまでも
わたしの虚しさを
遠い所へ連れ去っていくように