クジラ 山雀詩人
朝のバスはいつも遅れる
ちゃんと来たためしがない
まあ、それはさすがに言い過ぎだけど
実際、時刻表どおりに来るのは
週に一回くらいだろうか
でもいい
それでいい
むしろ遅れてほしいくらい
それも一分や二分じゃなく
五分ないし十分
バスが困った顔になるくらい
そう
これは僕の発見なんだけど
バスにはなんと
顔があるんだ
最初は気づかなかった
だから一分でも遅れるとイライラした
しかもここの路線の運転手たち
遅れても絶対に謝らない
それどころか
早く乗ってくださいと
逆に注意してきたりする
顔色ひとつ変えずに
でもあるとき気づいた
バス停のはるか向こうから
現れるときのバスの顔
伏し目がちに
目をしばたたき
叱られた犬みたいに
悪びれた顔
そうか
バスにはあるんだ
人間よりもよっぽど
ちゃんと顔が
以来
遅れるのが楽しみになった
あーあ
また遅れちゃったね
すみませんいつも
いいよいいよ
よくないですよ
いや、いいよ
ぜんぜんいい
だって君は友だちだから
えっ
子供の頃から好きだったんだ
パトカーより消防車より
マイカーという小魚の群れの中を
ゆうゆうと泳ぐクジラみたいな君が
……
いつかさ、連れてってよ
こんなさ、時刻表なんて縛りのない
こんなさ、渋滞なんて争いのない
自由な国へ
見わたすかぎりの草原を
青い青い野っ原を
クジラみたいに
僕を乗せて走ってよ
バスは目をしばたたき
初めてニコッと笑った