MENU
1,932,937

スレッドNo.7103

ペインレス  松本福広

親知らずを抜いた。歯磨きが楽になるし、やがて無くなるものだしと受け入れる気持ちになっていた。局所麻酔を施し、痛みを感じることなく終わった。抗生剤と痛み止めの薬をもらい、予後も良好だった。とりとめのない日記の一ページ。
急務を感じない治療でも選択できる。その過程で痛みを抑える方法を自然に取ってもらえる。ここではない、どこかの話。整った保険制度はない。医療を受けることが選択肢からこぼれてしまう場所。管理されない痛みがある。
幸福の定義が「痛くないこと・苦しくないこと」そのくらいシンプルな世界にも、秩序は必要だ。幸福たる秩序の先端が科学なら……幸せを脳に命令する電気信号──その正常値と異常値の物差しの精度はどこまで信じられるものだろうか。その精度を狂わせる方法は簡単だ。クスリだ。正しく手続きを踏んだケアの陰には、処方箋がない痛みの除去がある。

⚪︎

肉体的、精神的な痛みを感じなければ。
それらからは逃れたい。
最初は、それだけだった。
誰もが思うことに寄り添うことは
美しいのだろうか──。

贋作の奇跡が世界に散らかっている。
思っているほど遠くない。容易く手に届く。
指先一つ。足を一歩踏み出すだけの距離。
始まりは簡単すぎる。

痛みからの解放は歓喜であり、安らぎだ。
ハミングがあふれる。でも、いつまでも
歌っていられない。眠っていられない。
だから、求めてしまう。
元いた場所に戻ろうとも
夢に溺れる快楽を泳ぐ術など知らない。

⚫︎

魔術が黄昏れる頃には
日常と信じていたものに亀裂が入る。
断絶を自覚する分岐点は
それでも、亀裂を埋めようと
偽物で誤魔化そうとする時だ。
渇きとなり、悪夢に震える。

戻れないと知っているのに
確実に自分が持てる日常を溶かしてしまう。
足跡を振り返れなくなっていく。
それでも求め続けるように出来ている。
どれほど脆いと知りながらも掴むように。

極めて科学的な処理で生まれた呪い。
名前を、言葉を、手段を変えて
増殖し続ける。
逃げ場を我々に与えないように
海の向こうへと
人類がいる限り、星すら越えるかもしれない。

最も根源的な弱さに
そっと囁いてくる。
その痛みから
解放してあげよう──

編集・削除(編集済: 2026年04月10日 03:14)

ロケットBBS

Page Top