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スレッドNo.711

独走  妻咲邦香

どれだけ早く走れようと、はしたないことには変わりがない
空腹なのだ、充たされたいのだ
他人よりも早く食事にありつきたいのだ
だから走っている
一人で走っている
じきに訪れる招かれざる夜のために
孤高で淋しく過ごす老後のために
埃の積もった名前に報いるために
はしたないと自らを奮い立たせ
説き伏せ、暗示をかけ、獣として生を受けた時代を懐かしみ
そうして汗の雨を潜り抜ける

熱を帯びたアスファルトの僅かな窪み
沿道を飾るはメインディッシュの数々
今にも食べてくださいと云わんばかりに
ずらりと、やけに綺麗に並んでいる
いや並べられているのか
木の葉みたいな景色に姿を変え
皿に盛られることもなく

ああこんなに空腹なのに、私ときたら
もっと、はしたなくはなれないものか
浅ましく、意地汚くはなれないものか
ああ、今にも滲み出て来そうだ
破れそうなくらいに薄く心許ない膜という膜から
ぬるっとした下等な生き物が
飛び出て来そうだ、熱く重たい怪物が
喉の奥、腹の底、目を覚ましやがる
美しかったと過去形にされるのは、後日で十分だ

  我々生き物っていうのはね
  皆そういうふうに食べていくんだよ
  知らんぷりで乾いてちゃいけないんだよ

今なら誰を食べても、綺麗に消化してしまうであろう
そして私も今此処で食べられたとしても
同じく消化されるであろう
栄養にするか、血肉にするか、それとも自分がそうなるか
ゴールのおぞましい姿を知ってしまったとしても
まだ終わりじゃない
また誰かの臓腑の中で、次のレースが始まってしまうのではないか
何故もっと早く走れなかったのか
何故先に食べておかなかったのか
はしたなく、ひたすらに、泣きながら、悔やみながら
喰らう、喰い散らかす、ご機嫌になって、食事を摂る
まだ逃げるか、それとも逃げられるか
走れるか、それにありつけるか

空腹だ
ただひたすらに、空腹で
吹き出る汗の雨を潜り抜け、煮えたぎる血の海を泳ぎ切り
もはや料理を手にした給仕の脇をすり抜け
白いクロスの予約席に向けて突進し
着席する以外に完走する術は
無い

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