夕暮れ空に想う 荻座利守
夕暮れ空を
「ゆうやけこやけ」の
鐘の音が流れてゆく
この鐘の音は
どこから来て
どこへ行くのか
鐘の音は
どこからも来ない
どこへも行かない
それは波であり
様々な
波長や強さや形を持った
空気の疎密を生じ
空を伝わり
やがて鎮まってゆく
「私」という意識もまた
とてつもなく
精緻で複雑ではあるが
やはり波であり
神経細胞の
細胞膜の内と外の
カリウムイオンと
ナトリウムイオンの
濃度差により生じる
膜電位の波であるから
どこからか来たのでも
どこかへと
去って行くのでもない
継起する
出逢いの接ぎ穂を伝わり
やがていつか
ただ鎮まってゆくのみ
実体を持たぬ
無我なるものは
不生不滅であり
不来不去であるという
それでもなお
私は魂を想う
波である
「ゆうやけこやけ」の旋律と
波である
「私」という意識とが
出逢う場に顕れる郷愁は
遠く離れた
時間と空間とを飛び越えて
懐かしい魂の故郷へと
私をいざなう
まるで永い間
忘れていたものを
思い出させるかのように
それは
不来不去の波という
理屈には
収まりきれぬ願い
寂しい鐘の音に染まりゆく
夕暮れ空のもと
行き交う人の波に
魂の行方を想う