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スレッドNo.7141

感想と評 4/7~9ご投稿分  水無川 渉

お待たせいたしました。4/7~9ご投稿分の感想と評です。コメントで提示している解釈やアドバイスはあくまでも私の個人的意見ですので、作者の意図とは食い違っていることがあるかもしれません。そもそも詩の解釈に「正解」はありませんので、参考程度に受け止めていただけたらと思います。
 なお私は詩を読む時には作品中の一人称(語り手)と作者ご本人とは区別して、たとえ作者の実体験に基づいた詩であっても、あくまでも独立した文学作品として読んでいますので、作品中の語り手については、「私」のように鉤括弧を付けて表記しています。

●ゆづはさん「四月の微熱」
 ゆづはさん、こんにちは。こちらは前回の「怯える指先」と同じく、ファンタジー路線ではなくリアリズムを感じる作品となっていますね。一般的には生命の芽吹く春、そして新生活といった明るいイメージのある四月ですが、それとは裏腹な心のすれ違いが描かれています。
 作中の「あなた」と「私」は熟年あるいは老齢の夫婦でしょうか。「あなた」は定年後再就職した職場をりっぱに勤め上げ、四月からまた新しい仕事を始めます。積極的に老後の人生を充実させようとしているようです。
 対する「私」は在宅で昼夜逆転した生活を送っています。心身の不調でしょうか。タイトルに「微熱」とあるように、深刻な病気ではないけれども、かといって健康というわけでもない、そんな状況なのかもしれません。いずれにせよ、ベッドから抜け出せない「私」と活動的な「あなた」のギャップがうまく描かれていると思います。
 小道具のチューリップもうまく使われていますね。花言葉を調べてみると、「愛の告白」や「思いやり」といった言葉が見つかります。もしこれが意図されているものだとすると、深いアイロニーを感じます。
 私が特に心に残ったのは、「私」と「言葉」との関わりが描かれている点でした。はっきりとは書かれていませんが、詩作のことを暗示しているのかと思いました。人生の苦しみの中から詩が生まれることは多いと思いますが、とても身につまされる思いがしました。
 読み終わった後、しんみりと心に響いてくるような作品でした。評価は佳作です。

●上原有栖さん「山酔い」
 上原さん、こんにちは。タイトルの「山酔い」という言葉は、辞書によると高い山に登った時に低気圧や酸素不足によって起こる体調不良をさします。しかし本作品では、山中で酒に酔うという意味で使われているようです。いずれにしても、山の上での不思議な体験の話ですね。
 夜の山で焚き火をしていると、いつのまにか人数が増えている……というのは座敷童子の伝承を思い起こさせます。この詩に登場する山の精(?)もまた、悪意を持った存在ではなく、温もりを求めてやってきた「寂しがり」だという設定も、超常的な現象を描いているのにどこかほのぼのとした雰囲気を伝えるのに役立っていると思います。
 この作品は全体として、今は失われつつある人間と自然の交流を描こうとしたものかもしれないと思います。テーマや雰囲気はとても良いと思うのですが、詩中の人間たちの登場はやや唐突な印象を受けました。「山の民」とはどういう存在なのか、なぜ山中で夜焚き火を囲みながら酒盛りをしているのか――そういった背景情報をもう少し提供していただくと、読者としてもより作品に入り込みやすくなる気がしました。評価は佳作半歩前とさせていただきます。

●aristotles201さん「囁き」
 aristotles201さん、こんにちは。今回も哲学的な思索に満ちた作品ですね。
 不条理で残酷な世界にあって、自分が生かされているという感覚、他のいのちとの連帯を感じ、生と死の循環の彼方に超越的な救済を信じる……という、宗教的とも言える思想が語られていきます。それだけでも一つの作品になるような内容ですが、最終連でどんでん返しが来て、そのすべてが否定されます。ここがむしろ作者の本音ではないかと思います。
 そこまで語られていたような幸せな世界というものは虚構ではないか。自分たちを待ち受けているのは恐怖と絶望だけなのではないか……。そういった疑念が漠然とした不安として語られていきます。それが論理的思考の帰結としてではなく、「感覚の囁き」として描かれているのも、説得力がありますね。タイトルも的確につけられていると思います。
 非常に興味深い内容と構成を持った作品ですが、aristotles201さんの作品をいつも楽しませていただいている者として、あえて二点注文をつけさせてください。まず、最後のどんでん返しをより効果的にするためには、もう少しそこに至るまでの部分を長く書いた方がいいのではないかと思いました。現状ではあまりにも早く結論に達してしまうので、どんでん返しのインパクトが弱まってしまっている気がします。
 もう一つ。aristotles201さんの詩の魅力的なところは、哲学的な主題を単なる抽象的な論で終わらせず、具体的・地上的な生活に根を下ろした描写に落とし込んでいるところです。その点今回の作品は最初から最後まで抽象レベルで終始してしまっていて、詩として訴えてくる力が弱まってしまっているように思えるのが少し残念でした。
 以上、ご一考ください。さらなるレベルアップに期待して、佳作半歩前とさせていただきます。

●じじいじじいさん「ずっと」
 じじいじじいさん、こんにちは。今回は桜の季節にちなんだ作品ですね。時が来ると一斉に開花し、一斉に散る。その桜の性質は古来日本人の美意識や世界観に絶大な影響を与えてきたわけですが、この作品ではそこを逆手に取った視点から見ているのが新鮮です。
 満開の桜の様子を「まんいんでんしゃみたいでたいへん」と描写するのは、とてもおもしろい感覚だと思いますし、そこから一年を通して順番に咲いていけばいい、とつなげていく発想も素敵です。「桜」と言えば「春」という日本人の固定概念を打ち破って、町が一年中桜のピンクに彩られていく様子を想像するだけで楽しくなってきますね。
 この作品、とても良いと思うのですが、いくつか形式的な点についてコメントをさせてください。まず初連一行目の「わたしにもおさないでよ!」という表現は日本語として違和感があります。「あなたこそおさないでよ!」あるいは「きみこそおさないでよ!」としてはいかがでしょうか。そして最終連四行目「みんだで」は「みんなで」の誤字ですね。これは単なるケアレスミスかと思います。せっかくの作品ですので、提出前に念入りに推敲することをおすすめします。
 以上の点を直していただくことを条件に、佳作とさせていただきます。

●三津山破依さん「春なのに」
 三津山さん、こんにちは。初めての方なので感想を書かせていただきます。
 昔「春なのに」という歌がありましたが、タイトルからして明るくあたたかい春のイメージを裏切るような内容を予感させます。妻の乗る車椅子を夫が押しながら桜を見に行く、という設定はよくあるもので、一般的には心温まるイメージとして提示されることが多いと思います。しかし、この夫婦の心情はどうもそれとは裏腹であることが暗示されています。そのことを表しているのが、

咲き始め
咲き乱れ
桜は散りゆく

の一連でしょう。

「春なのに」何が問題なのか。ここからは読者として想像するしかないのですが、一つの解釈として、「妻」の余命はいくばくもない、ということなのかと思いました。そうすると、散りゆく桜が「妻」のいのちのメタファーになっていると考えることができます。もしかしたら「私」はそんな桜を見るに忍びなくて、妻が桜を見上げる側で空(=「妻」が旅立とうとしている天国)を見上げるしかないのかもしれません。
 この詩の素晴らしいところは、登場人物の心情を説明する言葉を一つも用いず、すべてを夫婦の何気ない会話と動作だけで表現しているところです。この抑制された表現が二人の悲しみをかえってよく伝えていると思います。
 そういえば、昭和のヒット曲「春なのに」(柏原芳恵が歌いましたが、作詞・作曲は中島みゆきです)も別れの歌でした。あちらは卒業を迎えた学生カップルの歌ですが、こちらの「別れ」もしみじみと心を打つ話ですね。作者がこの歌を意識して書かれたのかどうかは分かりませんが。
 味わい深い作品をありがとうございました。またのご投稿をお待ちしています。



以上、5篇でした。今回は春にちなんだ作品が複数ありました。毎月評を担当させていただいていると、投稿作品からも季節の移ろいを感じることができて感謝です。もちろん、季節と無関係な作品も大歓迎ですので、今後ともよろしくお願いいたします。

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