感想と評 5/1~5/4 ご投稿分 三浦志郎
1 松本福広さん 「メビウスの名前」 5/1
まず親子の間に介護といった事態・課題が介在してます。そして、それが親子関係に微妙な影を落とし、詩のテーマのひとつでもあるようです。
そこに比喩的様相で絡んでくるのがメビウスの輪のようです。「立場のねじれ」「180度ひねり」「端と端を貼り合わせて」「表も裏もない」―あとは寄り添うように記される紙のイメージですね。
たとえねじれた紙輪であっても、裏表も判然としないながらも、親子は端と端を貼り付けられている。
しかし、それは持って生まれたもの。致し方なし。
もうひとつのポイントは「名前」のことですね。これも、親子何があっても、まず変わることはない。
そういった、当面、なかなか動かしがたい現実の悲哀を感じる気がします。そういった意味では、この詩の心情は、もう少しタイトル側に近寄せて解釈する必要がありそうです。後半頻出する「名前」は親子の個人名であると同時に「メビウスの名前」を代入してもよさそう。そんなダブルミーニングにも思えてきます。ただ、僕個人としては、もう一つ詩に踏み込めなかったという反省もあるのです。この詩のせいではありません。佳作を。
2 上原有栖さん 「称名寺―青葉の楓―」 5/2
この詩は勉強になります。ありがとうございます。
この詩は、寺のことを総花的に書くのではなく、(まあ、そう書いても価値ある寺なんですがね) 副題の通り、楓伝説に絞った点が、かえってよかったと思います。歴史への想いと自己の心情も読みどころ。さらに読ませるのは終連と終句。山頂の景色のように詩世界も広がります。その極みに立つのが自作の歌でしょう。読み終えて、ある事を思っていました。皆伝者にして評者の紗野玲空さんの作風に一脈通じるところがあります。本作品の上原さんは紗野さんの良き継承者といった趣きがあります。もちろん、お二方とも多くのバリエーションをお持ちの詩人さんではありますが―。佳作です。
アフターアワーズ。
称名寺は僕にとって“必ず行かねばならない寺だが、まだ行けていない処”となります。この詩をきっかけとして、この連休に行って来ました。
本場鎌倉の寺以上のものを感じました。まず鎌倉にはない「華(はな)と雅(みやび)」があります。ひと味違う。おそらく前面の池と赤橋のおかげだと思われます。あと敷地が真四角で広い。浄土式庭園だそうです。本作にも出て来る楓のいわれを伝える看板もありました。金沢文庫の充実ぶりにも大変感じ入りました。およそ金沢流北条家は個性的人物が多く、実時~名君、文武両道。顕時~良き継承者。貞顕~文弱・学者肌。貞将(さだゆき)~武勇の将。この四人の肖像画がちゃんと残ってるのも凄い。金沢実時は大河ドラマ「北条時宗」で、ピーター(=池畑慎之介)が演じていましたね。なかなか、かっこよかったです。
いっぽう、冷泉為相(れいぜいためすけ)も印象深いです。墓は鎌倉・浄光明寺にあります。彼のお母さんは「十六夜日記」作者の阿仏尼ですね。
さて、横浜市金沢区。八景島・海の公園・金沢八景・金沢文庫。海近く風光明媚、深い歴史もある。佳い処にご縁がおありです。
僕も親族が富岡におります。他に書きたいことも多々あるのですが、常識的紙数制限あり。では、この辺で。
評のおわりに。
「称名寺・金沢実時外伝―四代 金沢貞将の最期」
鎌倉幕府滅亡の日、貞将は防戦の最中。ふと思い出し幕府総帥・北条高時
に最期の挨拶をすべく幕府に戻る。すでに手傷を負っていた。本家当主・
高時は貞将の働きを嘉し「相模守に任ず」の書状を手渡した。この言葉は
「執権就任」と同義語である(当時の執権は討死して空席)。今日で滅び
る幕府だが、一日とはいえせめて執権という栄職で貞将を飾ってやった。
貞将、一族の誉れと思い、応えて曰く―。
「我が百年の命を捨て、公の一日の恩に報ず」
(これからも続く自分の命を捨てても、主君の一日の恩に報いたいのです)。
貞将はたいそう嬉しかった。その後、戦場(いくさば)にとって返し討死。
歴史に残る名言と言っていい。およそ鎌倉方の壮絶な防戦ぶりを思う時、
総帥・北条高時は、あるいは臣の心を思い士心を得ていたのかもしれない。
とりわけ、貞将への心づくしは、高時、必ずしも暗愚な人物ではなかった
のかもしれない。幕府滅亡にあたり、主従、見事な逸話を残した。
* * * *
では、また。