感想と評 5/15~5/18 ご投稿分 三浦志郎
1 aristotles200さん 「罪と罰」 5/15
まずは新興宗教あるいはカルト教団のような集団のカリスマ的教祖を思い浮べてみます。
ところが、すでに、5連あたりから、この人は欺瞞に満ちた教義や救済など、良心の呵責に苛まれ、自らの中に罪と罰の意識を生み出してしまいます。それをある集会で告白してしまうのでしょう。
「カルマ」という言葉を調べると、この詩の基本精神がよくわかる気がします。
「カルマ=自分の行いによって生まれる結果や影響が自分に返ってくる」とあります。はなはだ明快であります。自分がこれによって空回りしてゆく。メッキが剥がれてゆく。欺瞞が見えてくる。興覚めした信者は次々と去ってゆく。結果の悪循環。後半、少しわかりにくい連も散見されるのですが、「退場~誰もいない~立ちすくむ~誰か助けてくれ」などから求心力を失った教祖の苦悩と理解していいと思います。
「自分のやったことが罪であり、結果、自分に返って来たのが罰である」。この言葉はタイトルともカルマの定義とも符合します。ここにこの詩の完結を見ます。寓話的な警鐘もあるでしょう。佳作です。
2 Love沢さん 「望郷」 5/15 初めてのかたなので、今回は感想のみ書かせて頂きます。
ユニークなペンネームですね。よろしくお願い致します。
冒頭の雰囲気などを読むと、やや抽象的で意味深長な感じですが、続く2連目の「新卒」といった具体的な言葉によって、詩の舞台や心情が、より浮き彫りにされます。4連の自己への感じ方が印象深いです。「望郷」というタイトルと「元気にしているか」といった、ややオールドな感覚と現代的に醒めた部分。その両者の不思議なブレンドを感じました。書き方として興味深いです。特に母と祖父母のくだりは、なかなか佳き味わいがあります。
「油~あぶら」「元気に~げんきに」。この書き分けは何か意味があるのでしょうか、そういった点も興味があります。ぜひ、また書いてみてください。
3 トキ・ケッコウさん 「ムカデ」 5/16
前回はザムザが虫に変身した奇譚でしたが、今回はズバリ!ムカデ。虫という、ひとつの傾向のようなものを感じています。
これは実際、ムカデが家の中に上がってきて、それを作者さんがじっと眺めて観察するの図、
そんな実況中継的な部分は感じるわけです。2~5行目あたりに、それを感じます。続く「おまえの時間は~~隠れるのだ」までは、少し視線をそらし、しばし、この生き物の生態、生き方信条や哲学に思いを馳せるような気分がありそうです。「ムカデ・ムカデ・ムカデ」と唱えて、我に返り再び視線で追います。連分けして、何故、鳥の話が出て来るか、は僕にとって謎なのですが、何か天敵のことに触れているように思えたのですが―。
確かに、気持ち悪い生き物ですが、言い伝えや縁起上、良い面もあり、事実、益虫のようです。
駆除はしたいが殺虫するのもどうか?といった微妙さがありそうです。調べてみるとそんな側面も見えて来て、この詩の輪郭も少し見えて来る気がするのです。佳作半歩前で。
4 夏目兼緒さん 「福を撒く人」 5/16 初めてのかたなので、今回は感想のみ書かせて頂きます。
よろしくお願い致します。
静かで豊かで善意に満ちた詩ですね。何か、心洗われる思いが致します。
少し気落ちした人、少し困ってしまった人に、等しく“頭上に掌を乗せ、恵比須顔を振り撒く”存在です。その人のさらなる属性は明かされませんが、そういった善行で充分といった趣きがあります。そして、僕は6連に注目したいと思います。すなわち―。
「穏やかで
大事にされてきたあなたには
“善“だけが存在するから放っておけなかったんだね」
―です。これは、あなた=夏目さん、あるいはこの詩の主人公は、この「福を撒く人」の全貌を、あるいは実名を知っていた。僕には、そんな風に思えるのです。佳い詩でした。ぜひ、また書いてみてください。
5 上原有栖さん 「過去形」 5/16
前作品「称名寺」とは、打って変わって、各種、バリエーションを証明する詩が届けられました。
最終連の「~積み上げていくの」で詩の主が女性だと理解します。その前の「幼いわたしが~」で、若い(あるいは未熟な?)人を推察します。
そんなバックグラウンドで考えたいと思います。この人はまだ幼くて、自分の思いやその具現化としての言葉にコントロールが出来ていない、習熟していない初心(うぶ)さがありそうです。そう、“うぶ”といったニュアンスが僕にはぴったりする気がします。その言葉の対象となるものがどの辺にあったかを書かれると、より良い気がしました。ところで、最後の2つの連が凄く大事な気がして来ました。「過去を形にして」。タイトルと上手くリンクさせています。過去とは定型に固まって積み上げられ、イメージとして未来に向け、それ自体が整形処理することは少ないです。むしろ定型でうずくまるからこそ、人は事態を把握しやすく、その定型の反省から(次はこうしよう!)と未来をアレンジするもののようです。この部分を読むと、そんな主旨が感知されるのです。その点で、「わたしの背丈を越えていけ」は意味が広く深い。印象満点、けだし名言。甘め佳作です。
6 月森うさこさん 「夜の女王」 5/17
僕の区間に初めて来られた作品のことを、今、想っております。4/4付「恋衣」です。
あの佳さと一脈通じるものを感じています。女郎屋にいるのが、夜の女王というのもなかなか凄いタイトルですね。まず背景は、やや時代がかったものを感じます。描写やセリフなど、なかなかきわどい部分もあるのですが、いやらしさはなく、むしろ気品を維持しているのがわかります。
「髪がまるで大輪の花がぱっと咲き雫が舞い上がる」などは絵に描いたような妖しい美しさがあります。
しかし、これらは全てが夢幻だったことが綴られます。迷い入った森の中の魔力でしょうか?
人物と花の名を絡めているのもひとつのポイント。
官能性と幻想性が抒情的に織りなされ、独特の世界を醸し出しています。不思議です。佳作です。
7 相野零次さん 「一輪の花」 5/17
タイトルに出て来るこの花は、多くの絶望の中に咲く一輪の花。それはひとつの希望の謂いであり、
人に置き換えると、「君」と呼ばれる女性。学生さんのようですね。
この詩には3つの条件的言葉があって、「しぬのは怖くないけど」「明日はやってこないかもしれないけど」「明日、世界が滅んでも」など。どれも物騒な表現なのですが、そうであればあるほど、二人の意志の強さは逆に強調されるわけです。おそらく相野さんはそういう言葉の意義や働きを認識しつつ使ったと想像できるのです。これらの働きによって、この詩は単に普通の恋愛詩といった概念を越えて、非常に気高いものを感じます。まさに至上の愛と言うべきか? 佳作です。
8 ベルさん 「今、この瞬間(とき)」 5/18
まずは、爽やかな場面設定があっての読書の図です。
「まるでこれは夢ですよと
教えてくれる風の音はやさしい」―ここは意味の良さもさることながら、言い回しがとても滑らかで、
旋律的ですね。3連目は読書という行為を最も麗しく味わっている感じが出ています。「誰でもなくて 僕でもなくて」 と 「現実の僕と物語の中の僕」。両者は、そこはかとなく並列感があるのも読みどころ。「永遠であり、今、この瞬間である」のも面白い。読書がもたらした終連、この結論。
俯瞰して全体像を見るにも最適で、このサイズで上手く納めた、その力量も素晴らしいです。佳作を。
9 虹乃衣里絵さん 「重い扉」 5/18 初めてのかたなので、今回は感想のみ書かせて頂きます。
会いたくない人に会わねばならない事って実生活で割とある気がします。
重い扉が象徴するものは、会いたくない人を訪問することを約束してしまった。(手土産を持ってる)
そして、その人は詩の主人公を、なにか良からぬ方に誘うことを企んでいるようです。どういった人間関係なのか?この詩は、もう少し具体的に書かないと終らない気がします。読み手のほうも少しストレスが残るのです。説明的に書くということではありませんが、詩的修辞を交えてです。その際、この人が嫌がりながらも扉を開けざるを得ない、その心理にも触れる必要がありそうです。そういったことも、おいおい意識しながら、ぜひ、また書いてみてください。
評のおわりに。
「新たに来られた方々へ」
三名のかたがおられました。ようこそお出でくださいました。
此処に所属する同人・評者のひとりとして、嬉しく歓迎したいと存じます。
此処は詩が好きで、ごく普通の常識・平衡感覚をお持ちのかたなら、
自己の詩を発表しながら、充分、進化・深化させられる場所だと感じております。
既存のかたも含め、新規のかた、どうぞ、ゆっくりと詩を楽しんで頂ければ、と思っております。
どうぞ、よろしく。 では、また。