MENU
2,047,724

スレッドNo.7225

評ですね「5月8日〜11日ご投稿分」  雨音

「薔薇」相野零次さん
相野さんこんばんは。お待たせしました。
「残酷さが売り物さ」で始まったこちらの作品、強い言葉と鮮烈なイメージが続きながらも、どこか古い劇場の舞台を思わせるような、少しレトロで退廃的な美しさを感じる作品でした。とくに「何度でも」の反復には、愛と執着、終わらせたくても終われない関係の苦しさが滲み、強く印象に残ります。真っ赤な薔薇やワイン、東京タワーといった象徴的なモチーフも、舞台装置のように作品世界を支えているように思いました。相野さんの個性が詰まった「相野劇場」ともいえます。誰もいない舞台に一本だけ最後に置かれた真紅の薔薇が浮かんでくるようでした。佳作です。
ひとつだけ。終盤(四連の三行目から)で語りの温度が少し変わるため、読者によってはわずかに置いていかれるかもしれないという点です。たとえば「真っ赤な血をばらまくだけだ」のあとで連を分け、そこに二行余白を置いたりして、小さな“幕間”をつくることで、違和感を感じることなく最後の余韻がより自然に深まるように感じました。参考になると嬉しいです。

「かえるのおやこ」上原有栖さん
上原さん、お待たせしました。
ひらがなの作品は難しいのですが、こちらは、雨の日の親子の時間が、やさしい言葉と軽やかなリズムで描かれていて、読んでいるこちらまで頬がゆるむような作品でした。とても良いです。佳作です。特に字数を合わせたことがリズム感を生み出して良かったのと、言葉の連なりに子どもの情感に近い自然さを感じました。「うふふ あはは」の繰り返しも心地よく、雨の日が少し特別な思い出として描かれているのが素敵です。とくに最後の「かえるみたいね」では、「帰る」と「蛙」がふわりと重なり、親子の後ろ姿が目に浮かぶような、あたたかな余韻が残りました。
ひとつだけ、参考までに。「はねる」という言葉が二連と結びで響き合っているのは魅力でもある一方、最後の一行をより印象的に立たせるために、少し変化をつける方法もあるように感じました。たとえば二連の「ながぐつはねる」を「ながぐつおどる」とすると、雨の日の楽しさがより軽やかに伝わり、結びの“かえる”のイメージがより鮮やかになるかもしれません。あるいは結びを「かえるみたいね おやこではねて」とすることで、親子の弾む姿がより動きのある余韻として残るようにも感じました。もちろん、どちらもひとつの読みとして、もし何か参考になる部分があれば嬉しいです。

「免罪符」ゆづはさん
ゆづはさん、こんばんは。
静かな言葉の積み重ねのなかに、深い喪失感や逡巡、そして哀しみが滲む作品でした。一方で、その根底にあるのが、愛情だということがやわらかく伝わってきます。とくに「見守るための隙間さえ/私は 失くしたままで」には、近くにいるのに届かない苦しさが凝縮されていて、胸に残ります。また、「私という枝を 空へ伸ばし」という冒頭も印象的で、揺れながらもなお誰かを想い続ける心の姿が、一本の枝のイメージに美しく託されているように感じました。終盤の「名付けて逃げることを/赦さなくていい」から結びへの流れも、とても静かで強い余韻を残しています。佳作です。
本当に些細なことですが、全体を通して、言葉を大切に選びながら書かれた作品なのだと感じました。そのなかで「理由(わけ)」という表記だけが、ほんの少し読者の呼吸を止めるようにも感じます。もちろん意図的な強調でしたらこのままで。もしさらに流れをなめらかにするなら、表記を整理することで、この詩の静かな緊張感がより際立つかもしれません。
ここからは個人的な感想です。「あなた」が誰かは明示されていませんが、とても近しい相手のように感じました。そして読後、なぜだか、もうその思いは相手に届いているのではないか、という感覚が静かに残りました。「免罪符はもう手放してもいいよ」と、風のように返事が返ってきそうな、そんな余韻がありました。

:::::

今週もお疲れ様でした。
厚手のセーターすら着ていた英国から帰国して、日本はもう初夏だななんて爽やかな季節を満喫していましたが、今週末は気温が急に下がりましたね。季節の変わり目、暑い日には涼しく、肌寒い日には暖かくしてお過ごしくださいね。

編集・削除(未編集)

ロケットBBS

Page Top