ありがとう aristotles200
少し気分が悪くて
ホームの椅子に座っていた
寄る年波に
身体は悲鳴を上げる
痛みに耐えている
脂汗
次々と変わる、横に座る人
気がつけば
古い本が置かれていた
忘れものらしい
誰も取りにこない
見たことのない文字
何気なく手に取り
ページを開く
オカルト系らしい
魔法陣や怪物が描かれている
興味を失い
椅子に置く
さて、ぼちぼち家に帰ろうか
痛む身体を庇いながら
自宅へ
書斎の机の上に
駅で見た本が置かれている
声を失う
呪いか、何かだろうか
明日、駅に持っていこう
スーパーのビニール袋に入れ
鞄のなかに入れる
食事、お風呂を済ませ
布団に横たわる
鈍い痛み
さて、寝ようか⋯
ベッドライトの前に
本が置かれている
本は開かれている
絵と読めない文字が見える
やはり呪いの本か
どうやら取り憑かれたらしい
絵を見る
魔法陣を描き、呪文を描くと
病に苦しむ人が
立ち上がり、笑顔を浮かべている
⋯⋯
ダメ元、やってみよう
A4の紙に
本に描かれた魔法陣を写す
突然
周囲の家々から
犬の遠吠えがする、止まらない
何かに、怯えている
その下の呪文も
丁寧に書き写す
完成した
何も変わらない
悪魔も出てはこない
苦笑して
紙をくしゃくしゃにしてゴミ箱へ
馬鹿らしい
犬の遠吠えも収まっている
その夜は
気持ち良く
熟睡出来たようだ
朝、目覚める
背伸びをする自分を見ている
あーよく寝た
声も聞こえる
何処も
身体から痛みを感じない
何故、自分が目の前にいるんだろう
違う
中身は人間ではない
若々しい姿の私が
近づいてくる
笑顔で、私を手に持つ
ありがとう
66年6カ月ぶりの
生身の身体だよ
そう言って、本を閉じられた
視界が暗くなる
意識はある
皮表紙に肌のような感覚
音も聞こえる
✳
通勤電車が行き交う
駅のホーム
長椅子に、古い本が置かれている
誰か、開けてくれるのを
待っている