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スレッドNo.7385

歴詩奇譚「三成二人」 第二章 三浦志郎

〇 吉継 ある疑惑

三成生涯の盟友・大谷刑部少輔吉継

わしと三成とは豊臣に仕えし初期より昵懇だった 新進気鋭な上様(秀吉)に仕え お互い切磋琢磨した やつはさすがに切れ者だった ただその分 己の才を誇り 尊大にして人の感情を軽んじる所あり そのことでわしは三成を諫め 世の理(ことわり)を説いたものだった ところで今から思うと奇妙なことがあった わしが北陸仕置きの帰り 佐和山に立ち寄ったことがあった つかの間の遊興だ 遠乗りや鷹狩り 竹生島にも渡ったりした 夜は能に酒宴だ そんな中にあって三成どこかが違うのだ 背丈が 声が 微妙に違う気がした 少し話が合わないこともあった 馬の乗り方がいつもと違う 諧謔のつもりだったのか? 左を使う者の乗り方だった 刀は普通の位置だったが扱いがどこかぎこちなかった わしの思い過ごしかもしれぬが ただいつもの尊大さはなく 妙に優しい男だった気もする


  ただ、彼・大谷吉継の疑惑は解かれないまま終わった。なぜなら後年、彼はライ病を患い、失明し病で崩れた面相を恥じ、顔を
  白布で覆っていたからだった。ただ三成との友情は互いが死ぬまで続いた。それは殆どの場合(兄・佐吉三成)とのものだった。


〇 弟 その思い

一人の人間「石田三成」を兄上と分け合っている お互い半人前なのだ ただ兄上の“半人前”は凄い 誰もが兄を怖れ兄を頼り太閤殿下の信任を一身に受け世の中心にいる その正義感 物事への毅然とした振る舞い わしにはできぬことだ いや それ以前に天下のことなど関心がない わしはわしの分を守っておればよい 人の道を守っておればよい 領国・佐和山を任されている わしの故郷だ この地を守り育て領民を慰撫してゆく 幸い「治部(三成官名)の近江」として統治の良さは世評になっている これからも統治の合間に村の長と酒でも酌み交わし童女と共に手毬唄など歌おう それでわしは充分仕合わせなのだ 兄上と向きあうと 似る点 似ない点 よく見えてくる 嬉しいようで複雑な気持ちになるのだ そして双子とは厄介なものだ 今は公の場で二人間違っても顔を揃えてはならない 揃えていいのは秘密を知っている限られた人間といる時のみだ 兄上がたまたま領国に戻った時などは大変だ 慌てて観音寺に駆け込んで半ば蟄居・幽閉のようなものだ 戦場(いくさば)では覆面武者となって島 左近の陣に紛れ込むのだ 兄上とわしはふたつでひとつ 一心同体でなければならないが 同時に最も遠い人間でなければならない それぞれにそれぞれが独りでなければならないのだ しかし今となっては この奇妙な境遇も長い時間と共に馴染んでしまった 「影」と割り切れば、ある意味楽な部分もある 難しい決断は要らぬ 兄上に従っておればよい まず間違いはなかろう 兄上はわしにとってまさしく鏡だ 自分のありようを確かめる わしの生き方の手本になる ところで わしの名の「佑」は「人を助ける」の意だそうな 文字通り わしは影で兄上を助ける 二人 相見互い それでこそ真の「石田三成」だ


〇 太閤秀吉の死

利害打算の末
一代で築いた天下
秀吉 その死
扇の要 外れるが如し
政権基盤の脆弱さだけが残る
三成権威の後ろ盾がいなくなる
政権の不具合 軋轢 確執 
その不満は殆ど三成一人に集中する
問題山積
朝鮮出兵以降
出来るはずのない論功行賞
秀吉亡き後の
家康の台頭
秀吉亡き後の
家臣派閥抗争

三成 派閥抗争に巻き込まれ
奉行を辞して佐和山へ隠棲
一大政変だった
ただし それはある意味 予定の行動だったかもしれない
家康を討つ為の領国での戦準備
諸侯を歴訪しての参戦依頼と調整
三成兄弟 共に多忙


*               *               *

評なしで。  つづく。 次回は7/10。

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