ろうそくの火 相野零次
--ろうそくに火が灯る
それは誰かの命の猶予の時間
彼はその火を消そうとしていた
水をかけたり
息を吹き掛けたり
うちわで煽ったり
扇風機を設置したり
火はそれでも消えなかった
耐熱グローブで
握り潰すと一瞬消えるのだが
瞬時に以前よりも
激しく燃えあがった
ノコギリで断ち切ると
そこから落ちるのだが
また新たに伸びてきて
再び燃えあがるのだった--
……彼は今どこにいるのだろう
それは彼自身にも謎だった
目が覚めると
彼は薄暗い部屋の中にいた
そこは彼を中心に
無数のろうそくが立てられていた
直径は5センチばかりあった
ろうそくの前には
それぞれ名札が
立て掛けられていた
その中には
彼が知っている名前もあった
部屋の片隅にはそれら
ろうそくの火を消してくれと
言わんばかりにさまざまな道具が
置かれていた
彼の意識はもうろうとしており
これは夢を見ているのだろう
と最初は思った
彼はぼんやりと
燃えるろうそく達を見ていたが
その中の一本が
こともあろうに消えてしまった
彼は驚き、ろうそくの名札を見た
別の部署だったが
知っている名前だった
はっ! と彼は目を覚ました
昨夜 眠りについた
のと変わらぬ彼の部屋の中
ビジネスホテルの一室だった
やっぱり夢だったのかと
彼は自身を納得させた
しかし彼は出社して
その答えに強い疑問を
抱くこととなる
……昨晩 部屋の中で見た
火が消えた名札の彼が失くなったというのだ
死因は心臓麻痺だった
彼はそれ以来
時折その夢を見ることとなった
目を覚ますと
ろうそくで消えた
名前の人間が亡くなっていた
当初は自分でもどうすることも
できず、また世間に公表しても
信じてもらえないだろうと思った
心療内科にも通った
病名はわからないが
現実と夢を混同している
のだろうと言われ
彼は夢の中と現実で
誰が死のうが気にしないことにした
……ある名前を見つけるまでは
それは彼と
仲の良い二人の名前だった
その二人は彼の同僚で
男性と女性が一人ずつだった
彼を加えた三人は
とても仲が良かった
特に男性と女性の同僚二人は
仲が良く婚約をしていた
これだけ聞けば
なんとも良い話しだが
彼はこともあろうに
その同僚の彼女に横恋慕し
強い嫉妬を覚えていたのだ
--ここまで読んだ
賢明な読者には
おわかり頂けたのではなかろうか
そう、物語の冒頭の
ろうそくの火を消そうと
したのは彼
消されようとしていたのは
彼と仲の良い同僚の男性だった--
……話しは冒頭に戻る
なんど消しても
一瞬で元に戻る炎
彼は何度か気に入らない上司
のろうそくで試していたので
わかっていた
彼は善人ではなかったのだ
彼はそのときはろうそくの火は
自力では消せないものと
割り切ったが
今回ばかりは割り切れなかった
……どのくらい時間がたっただろう
彼は相変わらず炎を消すことを
諦めていなかったが
さすがに疲れて小休止していた
彼はその日はとても忙しく
帰ってスーツ姿のまま
眠りについた
シャワーも浴びたかったが
明日は休みなので
まあいいかと思った
……彼は蒸し暑さを感じ
上着を脱いだ
汗びっしょりだった
部屋には数十本のろうそくが
立っていたが
その程度でここまで熱くなるだろうか?
しかも部屋が
眩し過ぎな気がする
彼はいぶかしげに部屋を見渡すと
その答えは自身の真上にあった
なんと彼を
覆い尽くさんばかりの
巨大な炎の固まりが
彼の頭上からゆっくりと
降りてくるのだ
彼は驚き その場から逃げようとしたが
なぜか足が動かない
足はろうそくの蝋で
塗りかためられていた
彼の身体は巨大なろうそくの一本
と変わりつつあった……
いや もうすでに変わってしまったのだ
彼にはもうどうすることも
出来なかった
彼はそのまま一本のろうそくと
して燃え尽きてしまった
……次の日の早朝
4車線の道路に
救急車や消防車
パトカーが出動していた
交通事故の現場だった
10台近くが巻き込まれた
ひどい玉突き事故であった
その中の一台に同僚と
彼女の乗っていた車があった
同僚はひどいやけどを負ったが、
彼女は奇跡的に無傷だった
……彼の車も見つかった
彼の車はガソリンを積んだ
タンクローリーに突っ込み
破壊されたタンクから
ガソリンを浴び激しく燃え上がった
衝突の衝撃でドアが歪み
開けることができず
そのまま丸焦げになってしまった
人の形をした炭だった
かろうじてスーツについていた
であろう 金属製の焼けた
カフスボタンのみが彼の遺留品であり
彼が運転していたことを
裏付ける証拠となった
しかし衝突が
事故か故意だったのか
はわからない
同僚と彼女はそんな彼を見て
ひどいショックを受けた
自分たちを亡き者としようとした
彼をみて……
しかしそんなことはもちろん
知らない二人は純粋に泣き崩れた
--ここで物語は一つの幕を閉じる
彼はどうするべき
だったのだろうか
部屋にいた彼がなぜ
車に乗っていたのだろう
いくつかの謎を残してしまったが
愚かで哀れな結末を
迎えてしまった
彼の冥福を祈ろう--