蝉と薔薇と彼の耳 トキ・ケッコウ
絞り出すように
蝉が鳴く
朝はヒグラシ
昼にミンミンゼミとアブラ
夕方にまたヒグラシが鳴く
それを薔薇が
聴く
静かな花工場で
咲いていた一輪
白薔薇や黄色い薔薇と共に
ただただひとり咲いていた
だから蝉の声は
生まれて初めてのことだが
自分はどこに行くのだろうと
いま薔薇は思う
実際には花瓶にいけられて
すでに朽ちていくだけの
運命なのだが
それでも薔薇は
自分の行く末が
気になる
蝉のことなんて
正直どうでもいい
ただうるさいだけの
煩わしいだけの声だったから
ちなみに蝉はというと
そんな薔薇には全く頓着していない
ただただ鳴く
疲れるということも
薔薇が無関心でいるなんてことも
もちろん知らない
鳴きに鳴く
鳴きに鳴いて
そうして鳴いているうち
蝉がポトリと
木のウロから
落っこちた
そのとき
薔薇は自分が歌えるのだと
わかった
それからというもの
薔薇は
声を荒げて
歌う
葉を広げ
神経質そうに体を震わせて
歌う
やがてまだ落ちていない蝉が
声を合わせてくると
お互いのざわざわが
重なり合って
こうして
部屋の外では蝉が
内では薔薇が
それぞれの生を競い合うことになった
だが
実はこれがおしまいでは
ない
そこに
今度は気難しい「彼の耳」が加わった
その厄介な鼓膜は
うるさげに震えて
何も聞こえないじゃないかと
いかにも分かりきったような言い訳を
冷たい顔をした脳に
イチとゼロの電気信号として送っている
しかしそれとは裏腹に
彼の脳は頑として
そのツーとトン式の信号を受け取らないので
いままた蝉と薔薇は
部屋の内と外とで
そのうるさいほどの生を
競い合っている
おかげで蝉も薔薇も
自分たちの本当のことは
ちっともわからないまま
そのままの生の
それぞれの死に向かっての
繋がり合いを
ただただ
蝉と薔薇は
それぞれのやり方でもって
継続し合っている