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スレッドNo.7553

歴詩奇譚「秀吉のみぞ知る」 三浦志郎

人払い
薄暗い
一点の灯火だけがある

明智日向守光秀
羽柴筑前守秀吉
二人だけがいる

この両者が
密談とは珍しい
性格がまるで違う
互いにやや疎遠
互いに競争相手

だが同僚
ただ一点で繋がっている

二人の皮膚感覚にある
主君・織田信長の所業

人の追放 
人からの離反 裏切り 
苛烈な討伐 残虐行為
破壊への偏執

これら ささくれ立った履歴は
二人にとって やり切れない

*               *               *               *

   古典的教養人の光秀は考える。
   (いずれ、信長は天下を取るだろう。だが今までの苛烈な品行、所業で、
   天皇 公家 武家 僧侶 庶民 安んじて身を寄せる天下ができるであろうか?
   過酷な破壊ではなく、地道な積み上げなくば、天下は保つまい)

   いっぽうの秀吉、この底抜けに陽気な男。しかし裏返しに持っている暗い沼のような一面。
   それを知る人間は存外少ない。この男のそういう部分が考えている。
   (わしが信長に重用されるに従い懸念は大きくなった。 「この男ずっとこのようか?このままで世は回って
   いくと思っているのか?」 いずれわしも*”狡兎死して走狗煮らる“ではないか?)

   荒木村重の謀反とそれに続く一族・党類虐殺以来、そんな思いは光秀の、あるいは秀吉の、
   心に激しく食い入った。それ以降の彼らは“忠誠への深刻な演技者”だったかもしれない。


        *狡兎死して走狗煮らる……猟犬が兎を捕まえる為に活躍しても兎が死んでしまえば、猟犬は不用となり煮て食べら
         れてしまう。必要な時は重宝されるが用がなくなれば、あっさり捨てられることを意味する中国の故事成語。          


末期的様相
言いようのない心の疲れ
二人はすでに
信長に対して煮詰まっている
意志は一致している

「日向殿(光秀) この秀吉 備中へゆく 何とか毛利本軍を引き出してみせる 
そして”最後の仕上げはぜひ上様に“とでも言って信長をおびき寄せる 
その隙を縫って お手前 挙兵されたい 
されば信長挟み討ち 手に余れば毛利を抱き込んでもよし 
他の諸将は畿内から出払っている 
幸い日向殿の軍勢手空きに候 “時は今”でござる」
「もとよりその覚悟 心得たり」

約一万三千 水色桔梗の軍旗 統制で知られた明智軍団動く 
「敵は本能寺にあり!」

*               *               *               *

挟み討ちせずとも光秀一手で
首尾よく本能寺で信長を討ちおおせた
その報せはまず一番に
秀吉に届けたい

(取って代わるべし)
信長を倒した後どうするのか?
二人の間で密約がある
協力しての天下平定戦のあとー
揃って朝廷に奏請
東国を光秀が治め 西国は秀吉のものとする

多分にいかがわしい約束である
しかし このいかがわしさこそが
ひとつの方便
野望の塊である両者の思惑が
深く蔵されているはずだ
両者においても“続き”があるはずだ
(ゆくゆくは滅ぼす いずれ天下はわしが獲る)
それぞれの思い
天下への欲望とはもっぱら一個人のものだ

まず光秀が個人野望に向かって動き出す
彼は信長を討ち畿内を押さえている
自分のみの政権を認めてもらうべく
朝廷に夥しい金品を献上し
いち早く活動を始めたのだ
秀吉に断りなく
秀吉を出し抜き


   血統上、土岐源氏を称する明智光秀は幕府を開く条件を有している。
   幕府の長たる征夷大将軍は慣例上、源氏血筋が宣下される。
   秀吉にはそのような氏素性がない。

*               *               *               *

「信長討ったはこのわしぞ!
天下を得るにどうして躊躇することやある!?
筑前(秀吉)との約定など もはや忘れたわ!」

秀吉 急ぎ毛利と講和したが
約束を破られたと知った時の怒り 
烈火の如し
「出し抜かれたぞ!おのれ 光秀! わしと勝負せよ!」
光秀を討つべく「中国大返し」
史実通り

ただしそれは
「信長の弔い合戦」では全くなく
光秀憎しの一念
おのが天下取りの為に彼は駆ける

ただしそれを
世は「主君の仇討」義挙と見る
世はその大義についてくる
しかし秀吉の
信長討ちの素志に気づかない
それを隠れ蓑にして
階段を駆け上がっていく

僥倖はこの男にこそある

そもそも秀吉自身 
信長を討つ意志だったとは
後世の誰も知らない
歴史も知らない
同時代人 たとえばー
弟・羽柴秀長 黒田官兵衛も知らない

知っているのはこの男しかいない



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本作品は一部、定説とは違います。フィクションです。
秀吉の内面は洞察的フィクションですが、結果としての行動は、そのまま歴史的事実となります。
「本能寺の変ミステリー」について、「〇〇黒幕説」というのがありましたが、「秀吉黒幕説」も含め、
今は多くが否定されているようです。現在は、引きがねとしての長曾我部・四国問題(新文書発見)と、
本作前半でも少し触れた慢性的原因―「信長属性から来る組織の構造的欠陥」が有力説のようです。
そんな欠陥を嫌悪した光秀・秀吉が共謀した事変として描きました。その意味では「秀吉黒幕説」も
若干入っていると思います。

編集・削除(編集済: 2026年08月07日 19:52)

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