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スレッドNo.7615

荻座利守様 お礼 三津山破依

ご講評をありがとうございます。今回で3回目です(笑)。
少し補足させていただくと、この詩は「大きな太陽」と「祝福」が対になるように作ったつもりでした。理由なく涙が出る「大きな太陽」に対し、「祝福」では直前の「眼が痒い」から、涙の理由がありふれたものだと推測できるようにしています。特別な祝いの場の涙が、実はありふれた生理現象かもしれない、という宙づりを狙いました。
黄砂や痒みも、特別な一日の中にも当たり前のことは起こる、という日常の並存として置いています。また、一章と二章の最後にどちらも「涙が出」ることを置き、その理由の違いも含めて二つを並べました。
とはいえ、そこまで届かなかったということは、やはり少し距離があったのだと思います。もう一度考えてみます。
丁寧にお読みいただき、ありがとうございました。

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