歴詩奇譚「仇討ちの雪夜」後編 三浦志郎
源実朝右大臣就任儀式 その当日
三浦義村は何故か参列していない
(それ自体が異様なこと)
家臣に様子を調べさせた
雪の日に血
公暁は首尾よく実朝を討ち果たしたが
義時は難を逃れている
(義時が生きている 生きている……!)
「実朝亡き今 将軍は我こそふさわしい 疾くその支度をせよ」
公暁が義村に命じてきた
「先ずは我が館にお出ましを すぐに迎えの者を差し向けましょう」
そう答えながら義村は思案
(事成れば 公暁様が将軍 我は執権 しかし義時を討ち漏らした以上……)
(公暁め しくじりおって! 義時め 悪運の強さよ!)
北条義時健在である以上 鎌倉は何ら変わらない
急遽 方針転換
義時に公暁の居場所を密告
幕府重臣としてその成敗を確約した
「新六をこれへ」
新六こと長尾定景が義村に呼ばれた
「よいか 公暁がこちらに向かっている 途中で行き会え
そして よく聞け “公暁を討ち取る”のだ!」
「な なんと! 公暁様を……」
「ぬかるでないぞ!」
迎えの者とは”冥土からの迎えの者“だったのだ
* * * *
公暁は義村に捨てられ討たれた
義村は義時に公暁を売った
義村が時に使う手である
(*和田合戦でもそうであった)
自分の身を守るため
ぎりぎりのところで仲間を裏切る
北条にも不安を抱かせる
しかし最後は
途方もない巨利を以って北条に味方する
彼は平然として 太々しく
それをやる
そのようにして 今まで生き残ってきた
これからもそうであろう
*不思議な人格である
そういう義村を知りつつ
義時は盟友とし続けたふしがある
(三浦と事を構えるなどできない
彼らの本領は鎌倉のすぐ隣
あの精強な軍団が瞬時に乱入すれば
我らはどうにもならぬ)
そう考えると
この惨劇すら
義時・義村
互いに知り抜いていた疑いもある
両者の駆け引きの産物
―と言えなくもない
互いが互いを倒すには
自己の全存在を賭ける
そういう戦になるからだった
(それは避けねばなるまい)
かくして源氏は三代で絶えた
この暗殺事件が遠因となり
朝廷と幕府は対立
「承久の乱」となる
武家政権を守ることには
北条も三浦もない
一味同心
朝廷に勝利した幕府は
執権政治の確立期を迎える
* * * *
さて 北条・三浦
その後の協調と相克は?
代替わりしながら鎌倉時代半ばまで続く
が 三浦にはその後
義村ほどの策士は出なかった
やがて 三浦は北条に滅ぼされる
(終)
*長尾新六定景……現在の横浜市栄区長尾台に住んだ一族だったが、ゆえあって没落し、
三浦の郎党になる。義時に身の危険を報せたのはフィクション。公暁を討ち取ったのは事実。
ちなみに後の戦国大名・上杉謙信(改名前は長尾景虎)の先祖という事実もある。
*和田合戦……有力御家人・和田義盛の反乱。三浦義村は当初同心すると言いながら、
同族の和田を裏切り北条義時に味方した結果、和田義盛敗死。
*不思議な人格……藤原定家が「明月記」で三浦義村を次のように評している。
「義村八難六奇之謀略、不可思議者」
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伝・源実朝墓(鎌倉 寿福寺) 本作は作家・永井路子、歴史学者・石井進などの三浦義村寄りの説を参照しました。