祖父のこと 小林大鬼
雨ニモマケズ風ニモマケズ
私は涙を流していた
洗面所前の暖簾には
宮沢賢治の言葉が綴られ
私は黙って泣いていた
間借りしていた祖父母の家で
突然の祖父の癇癪に耐えかねて
食事を終えた私は廊下で立ち尽くした
祖父が私に叱ったことは
後にも先にもその時だけだ
中学卒業の三月末
母と初めて水戸の偕楽園と
両国国技館をツアーで
回った後の出来事だった
私はそれから泣かなくなった
雨ニモマケズ風ニモマケズ
祖父は定年後海外青年協力隊で
まだ知られてないフィジーに旅立ち
祖母が後を追って三年後
農業指導員として米を教えた祖父は
キャッサバの文化と農耕知らずの島民に
根付かず南の島から帰って来た
駄目だったよと
笑って話した祖父だったが
逆に私は哀しく見えた
何の成果も得られずに
島の思い出を語るしかなかった
雨ニモマケズ風ニモマケズ
祖父は満州で終戦を迎え
玉音放送を現地で聞いた
若干二十歳の青年は
何とか日本に引き揚げ
佐原の田舎に帰って来た
みすぼらしい姿で
命からがら戻って来た
雨ニモマケズ風ニモマケズ
もうその祖父は令和前年に亡くなった
自分が設計したモダンな昭和の家だけが
忘れられたかのように残っている
雨降る夜の千葉の街に
警報音だけが喧しく鳴り響く