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スレッドNo.7667

祖父のこと  小林大鬼

雨ニモマケズ風ニモマケズ

私は涙を流していた

洗面所前の暖簾には
宮沢賢治の言葉が綴られ
私は黙って泣いていた

間借りしていた祖父母の家で
突然の祖父の癇癪に耐えかねて
食事を終えた私は廊下で立ち尽くした

祖父が私に叱ったことは
後にも先にもその時だけだ

中学卒業の三月末
母と初めて水戸の偕楽園と
両国国技館をツアーで
回った後の出来事だった

私はそれから泣かなくなった


雨ニモマケズ風ニモマケズ

祖父は定年後海外青年協力隊で
まだ知られてないフィジーに旅立ち
祖母が後を追って三年後
農業指導員として米を教えた祖父は
キャッサバの文化と農耕知らずの島民に
根付かず南の島から帰って来た

駄目だったよと
笑って話した祖父だったが
逆に私は哀しく見えた

何の成果も得られずに
島の思い出を語るしかなかった


雨ニモマケズ風ニモマケズ

祖父は満州で終戦を迎え
玉音放送を現地で聞いた

若干二十歳の青年は
何とか日本に引き揚げ
佐原の田舎に帰って来た

みすぼらしい姿で
命からがら戻って来た


雨ニモマケズ風ニモマケズ

もうその祖父は令和前年に亡くなった

自分が設計したモダンな昭和の家だけが
忘れられたかのように残っている

雨降る夜の千葉の街に
警報音だけが喧しく鳴り響く

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