感想と評 8/25~27ご投稿分 水無川 渉
お待たせいたしました。8/25~27ご投稿分の感想と評です。コメントで提示している解釈やアドバイスはあくまでも私の個人的意見ですので、作者の意図とは食い違っていることがあるかもしれません。そもそも詩の解釈に「正解」はありませんので、参考程度に受け止めていただけたらと思います。
なお私は詩を読む時には作品中の一人称(語り手)と作者ご本人とは区別して、たとえ作者の実体験に基づいた詩であっても、あくまでも独立した文学作品として読んでいますので、作品中の語り手については、「私」のように鉤括弧を付けて表記しています。
●上原有栖さん「よく見る幽霊」
上原さん、こんにちは。この作品はタイトル通り幽霊について書かれているのですが、いわゆる怪談に出てくるような恐ろしげな幽霊ではなく、どこにでもいる普通の人々が描かれているのが興味深いですね。
語り手はそれらの人々が「幽霊」であると主張するわけですが、これを額面通りに受け取るのかどうかが解釈の分かれ目になるかと思います。評者としては、これは生身の人間であるけれども、内面が「あの世にいる」人々を表しているのではないか、と解釈しました。その中でも肯定的な解釈(憂き世からいわば「解脱」した人々)と否定的な解釈(社会によって精神的に「消された」人々)にさらに分かれると思いますが、私にも現時点でどちらを取るべきか決断がつきません。
肯定否定いずれの解釈を取るにしても、最終連は単にすべての人がいつかは死を迎えるのだ、という常識的な真理を語っているのではないのだとしたら、自分たちもいつかこの世の住人でなくなるかもしれないという、非常に重大な実存的転機を表していると読めてきます。このことは読んだ後に長く残る余韻をもたらすと思います。
以上の解釈は著者の意図したものとは異なるかもしれません。けれどもいろいろな解釈を許容する味わい深い詩ではあります。「幽霊」たちを描写する連の行の長さがすべて揃えられているのも意図的なものかと思いました。評価は佳作です。
●三津山破依さん「誰かのいない夏」
三津山さん、こんにちは。私の担当期間ではこれまで二部構成の詩を投稿してくださいましたが、今回は三部構成になっていますね。「朝顔」「夕顔」「昼顔」のタイトルが示す通り、これらの三部は花のモチーフで統一されていますが、その時間帯は異なります。この違いは花の色の違いにも表されていますし、各パートが描き出す感情の違いにも対応しています。
これらの三部は車を運転する「ボク」の視点から描かれている点でも共通していますが、一部の出会い、二部の別れ、そして三部の回想という流れになっているかと思います。特に一~二部と三部の間にはかなりの年月が流れている印象を受けました(ラヂオとスマートフォンの違い)。語り手が遠い昔の失恋の思い出に浸っている、それがタイトルとなっている「誰かのいない夏」ということなのでしょう。さらにそれは、スマホから知っている曲しか流れてこないような閉塞感をもって表現されています。
個人的には、野球中継のサヨナラホームランと別れを絡めた表現が気に入りました。今回も丁寧に細部まで作りこまれた読み応えのある作品をありがとうございます。評価は佳作です。
●虹乃衣里絵さん「時の観覧車」
虹乃さん、こんにちは。この主題については評者も以前詩に書いたことがあるのですが、夏から秋に移り変わる時期というのは、一年の中でも特に感傷的になる時期ですね。「詩的な季節」と言ってもいいかもしれません。この詩はそんな感情を描いた作品と言えるでしょう。
本作品では、そのような季節の移ろいと循環を観覧車に喩えています。このメタファー自体は比較的ストレートで分かりやすいものです。そして、どこにも行かずにぐるぐる回り続ける観覧車は、毎年繰り返される季節の変転をよく表していると思います。ただこの比喩が分かりやすいものであるからこそ、それが最後の2連にだけ出てきて終わるという構成では、詩としてのインパクトが弱くなってしまう気がしました。それに先行する部分でも、観覧車のイメージを準備するような何らかの仕掛け(たとえば高みに上って、そこからまた下りてくるとか)があるとさらに良くなるかと思います。ご一考ください。評価は佳作半歩前になります。
●トキ・ケッコウさん「一枚」
トキ・ケッコウさん、こんにちは。大人になるとあまり使わなくなってしまうとはいえ、消しゴムと鉛筆、そして紙という、最も基本的な文房具は、依然として私たちの人生の中で何らかの重要性を占めている気がします。
さて、本作品はまず、月の鉛筆で書かれた闇を太陽の消しゴムで消すという基本的なイメージが提示されますが、このイメージはとても味わい深いものであると思いました。これは文字通りの自然現象としての昼夜の交代を表しているのではなく、語り手である「わたし」の内面を表しているのだろうと思います。心の中の闇を何らかのポジティブな心情で消していくということでしょうか。けれども月日が経つごとにそれがうまくいかなくなり、「鉛筆」も「消しゴム」もすり減っていく……このイメージはボールペンや電子機器では表現できないものですね。
「鉛筆」と「消しゴム」が自らを消尽してなくなってしまう時点が「死」ということになるかと思いますが、「わたし」はその向こうに何らかの超越的な地平を見ているようです。それが「一枚の紙」ですね。鉛筆も消しゴムもない、一枚の白い紙というのはなんとなく禅的な印象を受けましたが、それが「空の向こうで/ひらひらと揺れている」という最終2行のイメージはとても印象的な終わり方でした。
哲学的な味わいの作品でとても楽しめました。ありがとうございます。評価は佳作です。
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以上、四篇でした。今回も素敵な詩との出会いを感謝します。