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スレッドNo.7692

評ですね。8月28日〜8月31日ご投稿分  雨音

「鐘」aristotles200さん
aristotles200さん、こんにちは。大変お待たせいたしました。
こちらの作品は、とても映像的で、古いヨーロッパの町に伝わる不思議な物語を読んでいるような感覚になりました。特に印象に残ったのが「クロノスの石像」です。(調べましたが)時間を司るクロノスと、教会を思わせる時計塔、その鐘、そして最後の砂時計が重なり、石像がまるで「時間の番人」のような存在に感じられます。また「鉄道の駅ができてから」という一言によって、古い時代から革命、近代化へと続く長い歴史の積み重なりも感じられました。鉄道という近代的なものが加わることで、逆にその土地が背負ってきた時間の深さが浮かび上がっているように感じます。
直すところはないと思います。あえていうなら、少し気になったのは「革命の混乱の中で/公国から/密かに持ち込まれたとか」からの由来の説明です。背景として興味深い一方で、ここをもう少し謎めかせると、クロノスの石像や時計塔が何者なのかという不気味さが、さらに際立つかもしれません。
古代の神話から教会、革命、鉄道、そして腕時計へと、さまざまな時代の「時間」が一つの場所に重なり、最後にはすべてが止まってしまう。最終連がとても潔く見事で効果的でした。その壮大な時間の流れを、一人の主人公の体験として描いているところが、とても魅力的な作品だと思いました。佳作を。

「預言者」青山杜甫さん
青山さん、お待たせいたしました。
とても凝縮された作品で、「詩人とは何者なのか」という大きな問いが、暗い部屋と小さな白熱灯という空間から広がっていくところが印象的でした。特に「見たものを名付けなさい」という言葉から「わたしは、/世界の立法者か?」へ展開することで、言葉を与えられた詩人の力と、その力への戸惑いが伝わってきます。最後の「炎に包まれている」メトロノームも強く心に残りました。
ほんの少しだけ気になったのはタイトルの「預言者」です。「主の御言葉」などの言葉も重なるため、タイトルを見た段階で、宗教的なイメージをまず持ちました。もちろん、それも作品への大切な入口なのだと思いますが、本文から感じた「詩人とは何者なのか」という問いを、もう少し自由に受け取れるタイトルが見つかるといいかもしれない、と感じました。短い作品なので、一つ一つの言葉に重みが出ていくためです。
短い作品の中に、創造、言葉、詩人の責任、そして最後には秩序の崩壊まで含まれていて、余韻の深い作品ですね。次回も楽しみにしています。

「家守」Mayさん
Mayさん、お待たせいたしました。
実は最近、友人たちとの間でヤモリが話題になっていたんです。我が家にも遊びにくるものだから。なのですごく親しみを感じながら拝見しました。
身近な出来事をとてもユーモラスに、そしてやさしく描いた作品ですね。「白い奴」と呼びながら、最初の「怖くないよ平気だから」から少しずつ距離が縮まり、最後には「よろしく頼む」と声をかけるまでになる、その変化がとても微笑ましいです。特に、蜂の巣に殺虫剤を撒いたことを気にして「木酢液に替えたよ」と語るところに、作者の生きものへの思いやりが自然に表れていると感じました。
ほんの少しだけ気になったのは、「気にしていたんだ」のところです。誰が何を気にしていたのかが少し曖昧で、私は一瞬立ち止まりました。もちろん、この曖昧さが「白い奴」の気持ちを想像させる面白さでもあると思うので、少し考えてみましたが、この「気にしていたんだ」の一行だけを一つの連にして、前後を整えてみてはどうでしょうか?全体的に連分けをすると空間の力が加わると思います。
「白い奴」と距離を置いていたはずの人が、いつの間にかその存在を待ち、気遣い、頼りにしている。そんな小さな関係の育ち方が、とてもあたたかい作品ですね。佳作を。

「ウソ」じじいじじいさん
じじいじじいさん、こんにちは。お待たせいたしました。
子どもの素直な言葉で、ママとパパを思う気持ちと、少し置いていかれたような寂しさが描かれている作品ですね。「いたくない」「つかれてない」と言いながら、二人きりになると「いたい」「つかれたあ」と言う両親の姿を、子どもがちゃんと見ているところが印象的でした。特に「つかれたあ」といってゴロンってするところには、目の前の光景をそのまま受け取る子どもの感じ方がよく表れていると思います。
これまで作品を長く拝見していて、「説明が多すぎるようです」と何度かお伝えしてきたことがあるのですが、今回はもう少し踏み込んで書いてみますね。じじいじじいさんのひらがな詩の多くに共通するのですが、子どもの視点と大人の視点が混在しているように感じることです。子どもは、親の様子を見て「なんだか変だな」「どうしてかな」と、理由の分からないまま寂しさを抱くことも多いように思います。この作品では、その曖昧な気持ちが「わたしにほんとうのこといわないんだ」「わたしはママとパパのこどもなのに」と、きれいに説明されています。大人が子どもの気持ちを言葉にしすぎず、もう少し「分からないまま」の部分を残してみると、子どもの心がより自然に伝わってくるかもしれません。
親を思う子どもの優しさと、そこにある小さな寂しさが伝わってくる作品です。だからこそ、その寂しさを説明しすぎずに曖昧なまま(だからこそ不安であり寂しいのだから)残したら、さらに心に残る作品になるのではないかと思いました。

「⚪︎哀しみ」相野零次さん
相野さん、お待たせしました。
「愛」と「哀しみ」という大きなテーマを正面から扱った作品ですね。特に、愛を単純な喜びとしてではなく、「喜びに似た哀しみ」と捉えているところには、作者の深い思索を感じました。
今回は少し厳しめに書かせてくださいね。すでに「これからは少し厳しくなります」とお伝えしていますが、相野さんだからこそ、と肯定的に受け止めていただけると嬉しいです。
この作品では、「愛」「哀しみ」「真実の愛」「親愛の情」といった言葉が、ほぼ最初から最後まで直接的に置かれています。もちろん、こうした言葉を詩の中で使うこと自体が悪いわけではなく、ひとつの言葉を象徴的に置いたり、読者に何かを示唆したりする使い方は、むしろ効果的だと思います。ただ、今回は、作品全体を通して「これは愛である」「これは哀しみである」と感じられるような説明がされているため、読者がそこから何かを感じ取る余白が少なくなっているように思いました。同時に伝わりにくくなっているようです。
少年や少女、歳月とともに失われていくものなど、作品の中にはそのための良い素材がたくさんあるので、それらをもう少し具体的な情景や出来事として描き、「愛」や「哀しみ」という言葉を減らしてみると、相野さんの深い思索が返ってまっすぐ伝わるような気がしています。

「道へ」河辺いすみさん
河辺さん、お待たせしました。
汽車を乗り継いで、いつの間にか現実とは異なる、不条理な世界に迷い込んでしまったような作品ですね。チケット、橋梁、線路、ラジオ、讃美歌など、現実にあるものが次々と登場する一方で、視界に魚が浮かんだり、らくだやフラミンゴが線路沿いにいたり、時空を跨ぐペンギンが現れたりと、少しずつ現実の輪郭が崩れていきます。
けれど、そこにあるのは騒がしい混沌ではなく、むしろ不思議な静けさです。鳥や魚の遺骸、風雨に削られた遺骨の建築など、どこか不穏なものが描かれているのに、全体を覆っているのは音のない、乾いた静けさのように感じました。
特に、「空は黒く揺らいでいる しかし燃えていない ここに火はないのだから」や、「砂漠でもないのに」という部分が印象に残ります。あり得ない光景を淡々と受け入れているような語り口が、この世界の不条理さと静けさをよく伝えていると思います。
一方で、後半になるにつれて、少しずつ作品の意味を説明する部分が増えてくるように感じました。それまでの不思議な光景から読者が感じ取る余地を残せるといいかもしれません。前半にある、何が起きているのか分からないままその世界を歩いている感覚がとても魅力的なので、もう少しその不条理さを説明せずに読者に任せられると、最後の「ある居室から延びた道の果て」まで、読者も一緒にその静かな異世界を歩いていけるように感じました。
とはいえ、私自身、この不条理な世界観を楽しませていただきました。次回も楽しみにしていますね。

「キツネの火遊び」竹中ゆうすけさん
竹中さん、お待たせしました。
現代社会のさまざまな矛盾や、人間が抱える罪や弱さを、「キツネ」という存在に託して描いた、非常にスケールの大きな作品ですね。
宗教的な言葉や「神」と「被創造物」という関係を軸にしながら、戦争や犯罪、消費社会、SNS、便利さの陰にある犠牲など、私たちが日々見過ごしてしまいがちな問題が次々と現れます。それらを単に批判するのではなく、「殺し合いのない世界」「傷付け合わない世界」を信じたいという幼い頃からの願いにつなげているところに、作者の強い倫理観と、理想を手放したくない気持ちが感じられました。
特に「キツネ」の存在が印象的ですね。時に野蛮で、時に不安げで、時に傲慢で、最後には「屠られまいと、躍起になる」存在として描かれることで、人間そのものの姿にも重なりました。
一方で、これだけ多くのテーマを一つの作品に込めているため、読者としてどこを中心に受け取ればよいのか、少し迷うところもありました。社会、宗教、戦争、消費、SNSなど、それぞれが一つの作品になり得るほど大きなテーマなので、もう少し中心となるものを絞ると、「キツネ」に託されたものがさらに鮮明になるように思います。とはいえ、これほど多くの問題を一つの作品の中に抱え込み、最後まで考え抜こうとする熱量は、この作品の大きな魅力だと思いました。

「流浪」夏目兼緒さん
夏目さん、お待たせいたしました。
幼い頃から「自分を受け止めてくれる誰か」を探し続けてきた「あたし」が、寂しさや空虚さを「夢見るラムネ」で紛らわせながら生きてきて、大人になった今、ようやく自分を包んでくれる存在を見つけ、「もうラムネは要らない」と言えるようになった――そんな物語として拝見しました。
「ラムネ」が、現実の寂しさから一時的に逃れるためのものから、最後には必要なくなるものへと変化していくところが、作品全体をつないでいて印象的です。特に最後の「もうラムネは要らないの」で、それまで繰り返されてきた「ラムネ」が反転します。その切り替えがとても良いですね。
少し気になったのは、少し歌詞のように感じたことです。「夢を見る」「光を見る」「ラムネが溶ける」といった繰り返しや、「あたしは今、どこにいくの?」「誰かあたしの手を引いて?」のような直接的な呼びかけが、歌として聴けばとても自然なのですが、詩として読むと少し説明的に感じられます。もう少し言葉を削り、繰り返しも効果的なところだけに残してみると、「ラムネ」というモチーフの余韻がさらに生きてくるかもしれません。
幼い頃の寂しさから「もうラムネは要らない」という現在へ向かう流れは分かりやすく、最後にはほっとするような温かさが残る作品でした。次回も楽しみにしていますね。

:::終わりに。
日本はようやく少しほっとできるような気温になったようですね。
こちら英国ではすでにヒートテックを着用している雨音ですが、次回の評からはしばらく日本からお届けできそうです。
以前からご説明していますが、初めましての方や、まだあまり拝見していない方の場合は基本的に評価はつけていません。また、一律の基準があるわけではなくて、それぞれの方に合わせて考えています。解釈についてもご本人の意図とは違うことがあると思いますが、「ああそう受け取る人もいるんだな」と参考にしてくださると嬉しいです。


(*ネット事情によりメールで届いたものを島が代理投稿しています)

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